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一次創作

真っ赤なドレスを身に纏った彼女はこちらを見上げてかたかたと震えていた。
怖ったろう。不安だったろう。
もう大丈夫だよ、と彼女に微笑みかけた。



小さな帽子についたベールで顔の右半分を隠している彼女、サラはため息をついた。目立たぬよう壁際に立ち、華やかなパーティ会場を見つめていた。場違いなのはわかっている。それは自意識過剰ではなく、近くで休憩をとっている参加者たち会話からもよくわかる。

「彼女があの」
「あぁ、だから」

サラとてここに来たくて来たわけではない。
産みの親に殺されそうになって命からがら孤児院へと逃げ延び、そこでようやく落ち着いた生活が出来ると思った矢先。王国の魔法騎士団という集団が乱暴に孤児院へと押しかけてきた。

――ここに聖なる力を秘めたものがいる!

一方的にそう宣言し、サラの腕を掴んだ。その強さに「痛い!」と悲鳴を上げても力は緩まず、むしろサラの顔を見て露骨に嫌悪を示した。親から唯一与えられた、顔の右半分を占める傷跡がひどく醜いものだからだ。

――誰か助けて。

抵抗しても誰かが助けに入ってくれることはなかった。
一緒に暮らして子どもたちは魔法騎士団に怯え震えていた。経営者たちは、騎士団からもらった袋の中身を確認している。恐らくその中には相当の金貨が入っていたのだろう。
いくら寝食を共にしたって顔に醜い傷のある赤の他人などどうでもいいのだ。
誰にも愛されるわけがない。そう改めて突きつけられ、サラは失意のまま王都へと運ばれていった。
王都についたサラを待っていたのは、聖なる力を持つ人間への厚遇――ではなかった。
同じように聖なる力を秘めた人間が集められており、そこで共同生活を行う。孤児院と大して変わらないが、学校のような場所で勉学を得られるのだけはよかった。
聖なる力が強ければ強いほど厚遇され、のちに聖者として国の守り手となる。そして王族の誰かしらと婚姻を結ぶ可能性もある。
こんな醜い顔で王族と婚姻を結べるわけがない。サラは興味がなかった。どうでもよかった。最低限暮らしていければいい、と思っていた。
歳を重ねるごとにサラの力は強くなり、気づけば学んでいる中で一番になっていた。悪しきものから守るため結界を張るのに通常であれば、家一軒分、一日程維持出来れば上々である。だがサラは大きな商店二、三件分の大きさを一週間は維持出来る。治療するにも方法を特定するためにどのように怪我をしたのか、いつから症状が出ているのか知る必要がある。だが初見で力を使うだけで完治させてしまう。
建国神話に出てくるような聖者の力に関係者たちは驚きつつも、認められずにいた。
それは共に学ぶ人間も同様である。
ある日、授業を受けるために教室に訪れてみるとサラに机はひどく汚されていた。教本などを入れていた場所は水浸しになっている。

――またか。

冷めた目でそれらを見下ろしていると、教室のどこからかくすくすと笑い声。

「聖者さまには授業必要なくない?」
「もう来なくてもいいのに」
「わざわざ来て私たちへの嫌味なのかしら」

他人など、どうでもいい。
ただ学べるというだけでよかったのに。それすらままならなくなるとは。
ため息ひとつついて、サラは机の掃除を始めた。水浸しになった教本は乾かせば使えるだろう。このことをわざわざ教師に言うもの面倒で、その日は教本なしで授業を受けた。
教師たちの多くはサラに対して優しかった。だが一部はその強すぎる力を目の敵にして、あれこれ難癖をつけてくる。

「ふん、そんな醜い顔のくせに」

これも何度言われたのか覚えていない。醜いことなど本人が一番よく知っている。
今では傷跡を隠すように顔の右半分を髪で隠しているが、それがさらに「魔女のようだ」と評判を悪くした。
学び舎を離れ、国の守り手として働くかどうかを決めなくてはいけない時期。
サラは当然、守り手として働くつもりだ。この顔で他に働く場所などないし、この生活以外知らない。一番力の強いサラが守り手の道を選んだことに教師をはじめ、上の人々もほっとした一方で、誰が彼女と婚姻するのかという問題が起きた。
性格はまじめでおとなしく、成績も問題ない。ただ、顔にひどい傷があるぐらい。
王族も貴族も見た目をひどく気にする。わがままな子女たちに比べたらマシだが、見た目がどうしても受け入れられない。
それならば、と国王が第三王子とサラを婚約させるように言った。
王位継承権は持っていても将来その座につくのは難しく、さらに王子という立場にあぐらをかきひどく傲慢な性格の第三王子。その評判の悪さはサラの耳にも届いていた。
必要だが邪魔なもの同士都合がいい。本人たちの了承もなく話は進み、気づけば出会う前に婚約が成立していた。
初めて顔を合わせたのは国の守り手として国王らに謁見したとき。
他の守り手らと口上を述べ、与えられた部屋へと帰る途中の「おい」と乱暴に声をかけられた。サラが振り返れば腕を組み嫌悪感を隠そうともしない第三王子がそこにいた。頭を下げ王子の言葉を待つ。だがその言葉よりも先にパンッと乾いた音が耳に届き、あとから頬に痛みが広がった。

「アルバート様の婚約者になったからって調子に乗らないでね!」

可憐な声に思わずサラは顔を上げると、可愛らしい容姿の少女が宝石のような瞳に涙をためて睨みつけていた。
状況を把握できないまま茫然としているサラの前で、その少女は第三王子の胸へと飛び込んだ。

「あたし嫌です! アルがこんな女と結婚するなんて」
「あぁ僕もだよエリー。僕が愛しているのはエリーだけだ」

ふたりだけの世界にどっぷり入り込み、あぁとサラはようやく理解した。サラと婚約が成立した第三王子ことアルバートには恋人が既にいて、このふたりの間を引き裂くように突然現れたサラの存在が気に食わないのだろう。
それはそれで安心した。無理に誰かを好きにならなくて済むからだ。ふたりはそのままで、あくまで自分はお飾りに徹しよう。
邪魔をするつもりなど全くない。むしろお勤めに専念できると思っていたのだが、ことあるごとにエリーがサラにつっかかってくる。

「どうしてアルバート様のお茶会に出ないの!」

――それは招待されていないからです。

「あんなに素敵なアル……アルバート様を無視ってどういうこと!」

――あなたと仲睦まじい様子を邪魔するほど興味はないです。

淡々と対応していたがその様子も「婚約者のアルバート様と恋仲であるエリー様に嫉妬しる」とか「あんなに冷たい態度を取らなくても」と噂されるようになり、今度はアルバートが「エリーへの態度はいったいなんつもりだ!」と殴り込んでくる始末。

――あぁいやだ。放っておいてほしい。

心を擦り減らしながらもサラは勤めをこなす。事情を知っている同僚たちは同情してくれているものの、王族が関わっているため積極的には助けてくれない。王子との婚約関係を快く思わない人間からの嫌がらせもある。

――どうでもいい。

いちいち他人の言動に反応するのに疲れたサラは心を殺すようになった。無表情のまま仕事をこなすその様子を見て、なにも知らない人間は「まさに聖者さまだ」とはやし立てる。
建国祭の頃には、サラの心はとっくに冷え切っていた。
祭りは何日にもかけておこなわれ、街は賑わい、多くの露店が出て、人々は国を祝う。王城でも他国の貴賓を招き、華やかなパーティが昼夜問わず開かれる。
国の守り手であるサラは関係ないことだと思っていた。醜い顔をわざわざさらす必要はない。祭りの間は自室に引きこもっているつもりだった。

「これを着て今夜のパーティに出ろ」

従者に持たせていた箱をサラに押し付けると、それだけを言ってアルバートは去っていった。箱の中身はドレスだった。シルエットはシンプルではあるものの、使われている布の肌触りはとてもいい。王子が渡すだけのものであるのだが、問題は色。
バラのような真っ赤なドレス。
貴族同士、親しいものや祝いの席であればこのような派手なものでも問題ないだろう。だが、王族や貴賓が参加するようなパーティでは控えめな色が好まれる。
これはひどく場違いなドレス、ということだ。
違うドレスにすべきだろうが、サラはドレスを持っていない。さらに言えば王子、婚約者からもらったものだ、これを着ていかなければならない。逃げ道はない。
そうして話は冒頭に戻る。
真っ赤なドレスを着たサラはエスコートもなしに会場に入った。エスコートする人間などいない。その様子に会場がざわつき、さらにそのドレスでさらにざわついた。

「恥知らずが」

声が聞こえてきた方に顔を向け、にこりと笑った。その通りですとも。
ダンスが始まり、邪魔にならないように壁際へと移動する。中央で王族たちがそれぞれのパートナーと踊っている。サラのパートナーであるはずのアルバートも、淡い水色のドレスをまとったエリーと楽しく踊っていた。別にそこに対してなにも不満はない。それを見せつけるためにわざわざこんな悪趣味なことをしたのだろうか。恐らくその通りなのだろう。
頃合いを見て会場を抜け出そうと思っていたところに、国王の挨拶が始まった。どうやら隣国の王太子の紹介をしているようだ。自分には関係ない話だと聞き流しつつも、王太子の方を見ると、目が合った。思わず視線をそらす。
遠い距離で目が合ったと思うのはよくあることで、実際はそうでもないことが多い。だから気のせいなのだ。

――そろそろお暇しようかしら。

国王の話が終わったタイミングで会場を出ようと考えていると、会場がざわついた。サラが入ってきたときよりも大きいそれに、思わず振り返る。そこには先ほど紹介されていた王太子がサラに向かってきていた。

「えっ」

思わず声が出た。これで動揺しない方がおかしい。
ドレスが派手だとわざわざ文句を言いに来たのだろうか。それともこの醜い顔が隠しきれていなかったか。なにもしていないが心当たりがいくつも浮かぶ。非礼を詫びなければ。

「サラ」

久しぶりに誰かから名前を呼ばれて、下げていた顔を思わず上げた。
そこにあったのは端正な顔立ち、アルバートがエリーに向けるような柔らかな微笑み。

「ようやく会えた」

そういうと王太子はサラの手を取り唇を落とした。いくら邪見にされていようがサラはこの国の王子の婚約者。本来ならば断わって拒絶する必要があるのだが、あまりにも自然な所作にサラを含め周囲はぽかんと見守っていた。

「あぁ聞いていた通り真っ赤なドレスだったからすぐに見つけられたよ」

その言葉を聴いてようやく我に返り、失礼にならない程度にその手を振りほどく。
このドレスはアルバートが用意したものだ。それを目印にしたということはなにか話があるのだろう。それに名乗ってもいない名前も知っていた。人違い、ということはなさそうだ。
ちらりと王太子を見る。嬉しそうに目を細め、サラを見つめている。

「あの」

一体なにを企んでいるんですか。
そう尋ねようと口を開きかけたとき、周囲が大きくざわついた。
人混みをかき分けてやってきたのは不機嫌な顔のアルバート。その隣には不安げにおろおろするエリー。

「貴様」

アルバートはサラに向かって声を荒げた。咄嗟に頭を下げる。

「アズライト王太子殿に、よくもその醜い容姿で色目を使ったな。恥を知れ!」

俯くサラのベールを奪い床へとたたきつける。その際整えていた髪もほどけ、その隙間から傷跡が見え隠れする。きゃあ、とエリーをはじめ何人かの女性が小さく悲鳴を上げた。
申し訳ございません、というサラの謝罪を聞いてアルバートは王太子と向き合い頭を下げた。

「アズライト王太子殿。私の婚約者が大変失礼しました」
「婚約者? 彼女が、あなたの?」
「えぇ。不格好ではありますが、その力は絶大ゆえ。私の婚約者に据えております」
「でもあなたは先ほど、そちらのお嬢さんと踊ってはいなかったかい?」

ちらりとエリーを一瞥したのち「婚約者か」と王太子は呟く。

「私はサラと結婚したいんだけど」
「は」

王太子の言葉にアルバートは間の抜けた声を上げた。サラも顔を上げる。

「……失礼、聞き間違いですかね。こいつと、結婚?」
「そう」

アルバートの横をするりと通りすぎ、王太子はサラの隣に立つ。

「ずっと探していた、私の運命のひと。愛していないなら婚約者の座を譲ってほしい」

あくまでにこやかに話を進めているが有無を言わさない圧力がある。アルバート個人としては喜んで譲るところだが、一応王族の端くれ。そしてサラの力の強さも知っている。国王の方をちらりと見るが、距離があるせいか事態を把握していないようでただただこちらを見守っている。

「……大変申し訳ないが、私の一存ではお答えしかねる」
「愛していないのに?」
「それはっ……」
「アル」

エリーがアルバートの腕にしがみつく。それで自信を得たのか、ぎろりとサラを睨みつけた。余計なことをしたな、と目が訴えている。

「サラはどう? 王子と婚約を続けたい?」

話を振られびくりと肩が震える。本当は婚約などいらない。誰からも愛されない、助けてもらえない場所から逃げ出したい。素直にそれらを言ったらアルバートをはじめ、周りから叱責されるのは想像に容易い。
言葉に詰まるサラの様子を見て王太子は「うん」とうなずき、サラから離れた。

「ごめんね、答えづらいことを聞いて」

ようやく王太子から解放されると胸を撫でおろした。直後、ほとんど反射的に自分の周りに結界を張った。あとからぞわっと背中に悪寒が走る。

「今からきみを害したものを排除するから、それから聞かせて?」

いつの間にか王太子は腰に差していた剣を抜き、その奥でアルバートの体がぐらりと倒れた。

「いやぁ!」

エリーの悲鳴をかわきりに、あっという間に会場に悲鳴が広がっていく。なにせアルバートの首が消えたのだから。正確には王太子によって跳ねられ、壁にぶつかりぐしゃりと鈍い音を立てて転がっている。残された体からは血があふれ、エリーのドレスを真っ赤に染め上げていく。



座り込んでしまったサラに対して「そのまま待ってて」と告げるとジークハルトは剣を振るった。儀式の用のもので少々扱いづらいものの、問題はない。第三王子なる人物の首を刎ね、周りにいたものたちも切りつける。彼女にひどい態度を取ったものは全て消す。
護衛の騎士団がやってきてジークハルトを遠巻きに囲んだときには、周りは血の海になっていた。彼自身も返り血で汚れているが、少々息が切れた程度。一息つくと後ろにいるサラを振り返った。結界の中でかたかたと震えている彼女に微笑みかける。
怖かったろう。不安だったろう。
彼女の今までどれだけ地獄のような場所にいたのか知っている。全て見聞きしたわけでもなく、逐一報告として知ったわけではない。
母親が語った物語として知っている。架空の話だが現実だと母は言っていた。
隣の国に聖者と呼ばれる少女がいる。その子は恵まれない境遇でも折れることなくまっすぐ生きて、王子さまと結ばれるの。でもね、と母は寂しげに笑う。ヒロインはひとりじゃないから、選ばれなかったときは誰も助けてくれないのよ。
だから決めたのだ。ヒロインを助けようと。彼女の扱いを目の当たりにて確信した。
自分が連れ出して幸せにしなければ。

「サラ」

手を伸ばすと彼女はびくっと震え身を引いた。このありさまにおびえているのは仕方がない。ほどけかけた結界の隙間から手を差し込み、彼女の手を掴む。

「王よ、聖者どのの婚約者はもういない。もらいうけてもかまわないな?」

守られるように騎士に囲まれた王に向かい尋ねたが、茫然自失となっている王から返事はない。それを了承ととらえ、ジークハルトはサラの体を抱き上げて歩き出した。剣はもう捨ててある。本来ならここで騎士たちに捕らえられ処罰されるはずだが、誰も彼を捕まえようとはせず自然と道を開けた。

「もう大丈夫だよ」

会場の外にいた兵士たちは警戒しつつもこちらに手を出せずにいる。待っていた馬車に共に取り込むと、第三王子を始め多くの貴族たちが死んだパーティ会場をあとにした。
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