魔法具店『天藍堂』
陽が沈み、空のグラデーションが落ち着いてきた頃、申し訳なさそうにがらがらと店の引き戸が開かれる。閉店の準備のため店先にいた和希はすぐに来客に気づいた。
「あ、あの、すみません……ここに杖って」
おどおどとした様子でやってきたのは、魔法学校の制服を着た少年。
「はい、預かっていますよ」
和希は夕方になかば押しつけられたトパーズとヒノキの杖を奥から持ってきて、少年に見せた。少年の顔がぱぁっと明るくなり、きらきらと黄玉色の瞳が輝く。
「よかった、よかった……」
杖を手に取り大切そうに抱きしめる。
「おともだちがこちらに、と預けてくださいましたよ」
「えっ」
昼に訪れた少年の様子を見るに、実際は異なることであろうことを、和希はなんとなく察していた。あの少年は無理やり杖を奪い使ってみたものの、使えなくて杖この店にやってきたのだろう。
和希の言葉に目の前の少年は戸惑いつつも「どんな子ですか?」と聞いてきた。
同じ魔法学校の制服を着ていたことや髪型などを伝えると、少年はふにゃりと笑った。
その様子に和希は自分が立てていた推測との違和感に気づく。
「ぼく、まだ魔法をうまく扱えなくって……そしたら同じクラスの子に『宝石眼』を持っているくせにっ、て杖を取られちゃって」
『宝石眼』とは魔法石のようにきらきらと輝く瞳のことで、この持ち主は総じて強い魔力を持っている。だが魔力が強いからといって扱いが長けているとは限らない。目の前の少年ぐらいの歳ならなおのことだ。
「杖が壊れているからうまくできないんだろ、捨てておいたって言われて……探したんだけど見つからなくて……そしたら草太くんが」
「この店にある、と教えてくれたんですね」
杖を持ち込んだ少年、草太はむしろ目の前の少年の味方だったようだ。
恐らく制服が汚れていたのは、捨てられてしまったこの杖を探していたからだろう。
そして「使えない」「不良品」と言ったのは、草太が使ったからではなく、宝石眼の少年が日々魔法を使えない様子を見てのこと。
真逆の推測を立ててしまったことを和希はそっと心の中で謝罪をした。
「あの、店長さんも、宝石眼、ですよね?」
少年が恐る恐る和希に尋ねる。
「……えぇ、そうですよ。よくお気づきで」
和希は眼鏡を外すと、蛍光灯の下で鈍く煌めく深い蒼がそこにあった。普段は魔法具である眼鏡をして宝石眼を隠している。
「どうしたら、魔法がうまくなれますか?」
同じ宝石眼の持ち主として、先輩としてアドバイスを少年は欲した。和希は腕を組んでうーんとうなった。
「実を言いますと、私は魔法を使うのは苦手です」
「そう、なんです?」
「魔力の扱い方についてはたくさん勉強しました。けど、魔力を魔法にするのはどうしてもダメでしてね」
「……」
「で、でも、魔法を使うだけがすべてじゃないですから」
明らかに少年が落胆したので慌ててフォローに入る。
「魔法は使えずとも、こうして魔法具を作ることは出来ます。魔力の使い方を身に着ければ、なんとでもなります」
「なんとでも……」
「そうです。持っているものをどう使うか、が大切です。それを学ぶのが学校ですから、これからたくさん学んで、自分に合ったものをどうか見つけてみてください」
和希の言葉をまっすぐ聞いてはいるものの、その顔はまだ暗い。学びを終えたものと、これから学んでいくものの、学びに対する解像度は異なる。これをうまく説明する術を和希は持っていない。
なんとなく気まずい空気が流れる中、ふと少年が握りしめている杖の存在を思い出す。
「そうだ、杖を使ってもらってもいいですか? 先ほど魔力回路の点検をして問題はありませんでしたが、流れる魔力の相性があるので本当に使えないこともありますし」
持ち込まれた魔法石と少年の魔力の相性が悪いはずはない。
けれどごくまれに、相性が良すぎるがゆえに溶け合ってしまって、魔法という形をなさないときがある。こればかりは使用者に見せてもらわないとわからない。
しかし今回はそうではない、と和希は確信していた。
「でも僕、魔法使えなくって」
「大丈夫です」
不安げな少年が右手で杖を持つと、魔法石がきらりと輝く。そしてそのままくるりと空中に円を描く。
「わっ!」
ぱちん、と弾けると音と共に花びらが店内を舞った。ひらひらと蛍光灯の光に薄紅の花びらがきらめく。
魔力制御で最初に習う、花の魔法だ。
幼いうちは炎や水などの魔法だと制御が難しいため事故に繋がりかねない。そこで害が少なく、魔力の特性にあまり左右されない花の魔法が基礎として選ばれた。
「できた、ちゃんとできた……!」
目の前で舞っているのは桜の花びら。喜ぶ少年を祝福するようにはらはらと舞い、落ちてくる。
「杖はちゃんと使えますね」
「どうして……今までこんなにできなかったのに」
どうして、と黄玉色の瞳がこちらに問いかける。和希が杖に何か細工をしたのかと疑っているようだが、首をゆるゆると横に振った。
「しいて言うなら、草太くんのおかげ、ですかね」
「草太くんの?」
彼は想った。魔法眼の少年が杖を使えるようになるようにと。草太がその杖を手にしたときにはもう縁は紡がれていたのだろう。説明の出来ない魔力回路のつっかかりが、縁によって取り払われ少年の魔力は無事に魔法へと開花した。
魔力があって、魔法石で力を増幅したり変換したり、魔力回路に乗せて、魔法へと変える。
言葉ではいくらでも説明が出来ても、実際はやってみないとわからないもの。
今回のも、そのうまく言葉では説明出来ない部分の事象だ。縁という見えないけれど確かにあるものが魔力を補助したと、言葉にするのは簡単だが納得してもらうのは難しいだろう。
「彼が、あなたに魔法を使えるようになってほしいと願ったからです」
「……そっかぁ」
事象としては納得は難しいだろう。
けれども、想ってくれたという事実はすんなりと心に届く。
少年はふにゃりと笑って、再度杖を抱きしめた。その様子を見て和希もつられて微笑み、眼鏡をかけなおす。
「まだ魔法を発動させるのは不安定かもしれません。ですが、それはこれからきっとなんとかなります。魔法は使える。それは確かなことなので、どうか自信をもってください」
こくこく、と少年は首を縦に振る。
「杖の様子がおかしかったらいつでも来てください。きちんとメンテナンスさせていただきますから」
少年を店の外で見送ったあと、和希は店のシャッターの右半分をおろした。左半分を途中までおろした状態で店の中へと戻り、中から完全に閉めた。
「あ、あの、すみません……ここに杖って」
おどおどとした様子でやってきたのは、魔法学校の制服を着た少年。
「はい、預かっていますよ」
和希は夕方になかば押しつけられたトパーズとヒノキの杖を奥から持ってきて、少年に見せた。少年の顔がぱぁっと明るくなり、きらきらと黄玉色の瞳が輝く。
「よかった、よかった……」
杖を手に取り大切そうに抱きしめる。
「おともだちがこちらに、と預けてくださいましたよ」
「えっ」
昼に訪れた少年の様子を見るに、実際は異なることであろうことを、和希はなんとなく察していた。あの少年は無理やり杖を奪い使ってみたものの、使えなくて杖この店にやってきたのだろう。
和希の言葉に目の前の少年は戸惑いつつも「どんな子ですか?」と聞いてきた。
同じ魔法学校の制服を着ていたことや髪型などを伝えると、少年はふにゃりと笑った。
その様子に和希は自分が立てていた推測との違和感に気づく。
「ぼく、まだ魔法をうまく扱えなくって……そしたら同じクラスの子に『宝石眼』を持っているくせにっ、て杖を取られちゃって」
『宝石眼』とは魔法石のようにきらきらと輝く瞳のことで、この持ち主は総じて強い魔力を持っている。だが魔力が強いからといって扱いが長けているとは限らない。目の前の少年ぐらいの歳ならなおのことだ。
「杖が壊れているからうまくできないんだろ、捨てておいたって言われて……探したんだけど見つからなくて……そしたら草太くんが」
「この店にある、と教えてくれたんですね」
杖を持ち込んだ少年、草太はむしろ目の前の少年の味方だったようだ。
恐らく制服が汚れていたのは、捨てられてしまったこの杖を探していたからだろう。
そして「使えない」「不良品」と言ったのは、草太が使ったからではなく、宝石眼の少年が日々魔法を使えない様子を見てのこと。
真逆の推測を立ててしまったことを和希はそっと心の中で謝罪をした。
「あの、店長さんも、宝石眼、ですよね?」
少年が恐る恐る和希に尋ねる。
「……えぇ、そうですよ。よくお気づきで」
和希は眼鏡を外すと、蛍光灯の下で鈍く煌めく深い蒼がそこにあった。普段は魔法具である眼鏡をして宝石眼を隠している。
「どうしたら、魔法がうまくなれますか?」
同じ宝石眼の持ち主として、先輩としてアドバイスを少年は欲した。和希は腕を組んでうーんとうなった。
「実を言いますと、私は魔法を使うのは苦手です」
「そう、なんです?」
「魔力の扱い方についてはたくさん勉強しました。けど、魔力を魔法にするのはどうしてもダメでしてね」
「……」
「で、でも、魔法を使うだけがすべてじゃないですから」
明らかに少年が落胆したので慌ててフォローに入る。
「魔法は使えずとも、こうして魔法具を作ることは出来ます。魔力の使い方を身に着ければ、なんとでもなります」
「なんとでも……」
「そうです。持っているものをどう使うか、が大切です。それを学ぶのが学校ですから、これからたくさん学んで、自分に合ったものをどうか見つけてみてください」
和希の言葉をまっすぐ聞いてはいるものの、その顔はまだ暗い。学びを終えたものと、これから学んでいくものの、学びに対する解像度は異なる。これをうまく説明する術を和希は持っていない。
なんとなく気まずい空気が流れる中、ふと少年が握りしめている杖の存在を思い出す。
「そうだ、杖を使ってもらってもいいですか? 先ほど魔力回路の点検をして問題はありませんでしたが、流れる魔力の相性があるので本当に使えないこともありますし」
持ち込まれた魔法石と少年の魔力の相性が悪いはずはない。
けれどごくまれに、相性が良すぎるがゆえに溶け合ってしまって、魔法という形をなさないときがある。こればかりは使用者に見せてもらわないとわからない。
しかし今回はそうではない、と和希は確信していた。
「でも僕、魔法使えなくって」
「大丈夫です」
不安げな少年が右手で杖を持つと、魔法石がきらりと輝く。そしてそのままくるりと空中に円を描く。
「わっ!」
ぱちん、と弾けると音と共に花びらが店内を舞った。ひらひらと蛍光灯の光に薄紅の花びらがきらめく。
魔力制御で最初に習う、花の魔法だ。
幼いうちは炎や水などの魔法だと制御が難しいため事故に繋がりかねない。そこで害が少なく、魔力の特性にあまり左右されない花の魔法が基礎として選ばれた。
「できた、ちゃんとできた……!」
目の前で舞っているのは桜の花びら。喜ぶ少年を祝福するようにはらはらと舞い、落ちてくる。
「杖はちゃんと使えますね」
「どうして……今までこんなにできなかったのに」
どうして、と黄玉色の瞳がこちらに問いかける。和希が杖に何か細工をしたのかと疑っているようだが、首をゆるゆると横に振った。
「しいて言うなら、草太くんのおかげ、ですかね」
「草太くんの?」
彼は想った。魔法眼の少年が杖を使えるようになるようにと。草太がその杖を手にしたときにはもう縁は紡がれていたのだろう。説明の出来ない魔力回路のつっかかりが、縁によって取り払われ少年の魔力は無事に魔法へと開花した。
魔力があって、魔法石で力を増幅したり変換したり、魔力回路に乗せて、魔法へと変える。
言葉ではいくらでも説明が出来ても、実際はやってみないとわからないもの。
今回のも、そのうまく言葉では説明出来ない部分の事象だ。縁という見えないけれど確かにあるものが魔力を補助したと、言葉にするのは簡単だが納得してもらうのは難しいだろう。
「彼が、あなたに魔法を使えるようになってほしいと願ったからです」
「……そっかぁ」
事象としては納得は難しいだろう。
けれども、想ってくれたという事実はすんなりと心に届く。
少年はふにゃりと笑って、再度杖を抱きしめた。その様子を見て和希もつられて微笑み、眼鏡をかけなおす。
「まだ魔法を発動させるのは不安定かもしれません。ですが、それはこれからきっとなんとかなります。魔法は使える。それは確かなことなので、どうか自信をもってください」
こくこく、と少年は首を縦に振る。
「杖の様子がおかしかったらいつでも来てください。きちんとメンテナンスさせていただきますから」
少年を店の外で見送ったあと、和希は店のシャッターの右半分をおろした。左半分を途中までおろした状態で店の中へと戻り、中から完全に閉めた。
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