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魔法具店『天藍堂』

桜の花が満開を告げたかと思うと、もう緑の葉を空へと広げ始めている。
春の女性から依頼された時計の加工は数日前に渡すことができた。
持ち込まれたのは金属ベルトの小ぶりな腕時計。その弓環の一部を削り、持ち込まれたアメシストを埋め込んだ。腕時計の大きさから華美にならないように、けれどもしっかりと魔法具として機能するように配置する。
結果として文字盤の上下に三つずつ、計六つのアメシストが時計の輝きに加わった。
小さな怪我、たとえば紙で指を切る程度なら、このアメシストが肩代わりしてくれてつけている本人は無傷で済む。
魔法具はオーダーメイドでもセミオーダーでも、ほぼ半永久的に使える。ただしそれは使用者の魔力に依存するもの。御守りなど、無意識に機能するものは魔法石に蓄えられた魔力を消費し、その分魔力を補充すれば何度でも使える。だが、魔力がない場合は補充することが出来ないので消耗品扱いになってしまう。

「時計を身につけていれば自然と魔力を充填出来るようにしておきました。一度お守りが発動したあと、程度にもよりますが、約二日程度で回復すると思います」

引き取りに来た春の女性に腕時計を見せ、魔法具としての機能を簡単に説明。女性はあらあら、と満足げに目を細めた。

「もっと派手になるかと思ったんですけど……これなら、最初からこういうデザインだと言っても大丈夫そう」
「ありがとうございます。お客様がお選びになった時計が素敵ですから、それを生かしたいなと思いまして」
「ふふ、ありがとう。きっと妹も喜んでくれるわ」

そうして春の女性は、やはり春風のようにふわりと微笑んで腕時計を受け取った。



その日の午後は来客もなく、和希は作業室にこもっていた。
修理依頼で預かったランプの調子を確かめる。ランタン型のランプは、今流行りのレトロブームに乗って最近発売されたもの。テーブルの上に置いて使っていたところ、ペットの猫に落とされてしまったようで、点かなくなったと持ち込んだ婦人が言っていた。孫からのプレゼントなので直してほしい、とのことで依頼を快諾。
魔力回路自体は大量生産の製品らしくわかりやすく、破損箇所をいくつか直す程度で済んだ。
あとはスイッチ周辺を確認しようと作業机に乗せたときだった。
ガシャン!
突然の大きな物音に和希は驚き顔を上げた。
ものが落ちたわけではなく、すぐに店の開き戸の音だとわかったものの、かなり乱暴にやられたようだ。
店の奥にある作業場から慌てて店へと出ると、小学生ぐらいの少年が腕を組んでこちらをじろりと睨みつけていた。

「おい、お前!」

いらっしゃいませ、と声をかける前に少年が大声を上げる。

「よくも使えない杖を作ったな!」

ご立腹の様子の少年は、このあたりでは有名な私立魔法学校の制服を着ていたが、ところどころ土や泥で汚れている。

「杖?」

杖。確かにいくつか制作依頼があって受注した。魔力の通りも確認して不備はなかったはず。
しかし完璧なものなどない。どこか不具合があったのだろう。
秋から冬にかけて、魔法具制作の依頼がもっとも多くなる。それは新生活に向けての準備や贈り物のためだ。その忙しさの中でどこか確認に見落としがあったのかもしれない。

「この杖だ!」

背負っていたカバンから少年は杖を取り出し和希に押し付ける。
子どもでも扱いやすいヒノキをベースに作られた杖で、彫ってあるデザインは確かに和希が作ったものだった。柄の部分に収められている夕焼けのようなトパーズを見て、注文を受けた時のことを思い出す。
この魔法石を持ち込んだのは壮年の男性だった。その男性の後ろに隠れ、こちらの警戒するように見ていた少年。
魔法学校に合格したので、そのお祝いを兼ねて専用の杖を作ってほしいという依頼だった。
子どものうちは魔力制御の補助として杖が選ばれやすい。しかし壊れやすいものでもあるので、ある程度の年齢になるまでは消耗品としてみるのが一般的だ。それでもお祝いに、と選ばれやすいのもまた杖である。
けっして珍しくはない依頼だった。けれど和希は違和感を覚えた。
眼鏡をずらし、トパーズをじっと見つめる。

「……確かに、この杖は私が作ったものです」
「不良品だぞ! 作り直せ!」

杖に軽く魔力を流す。柄を持ち、杖の先でくるりと小さく円をえがく。その円の中に小さな火花がぱっと散り、すぐに消えた。持ち主以外が魔力の通りを確認するならこの程度で問題はない。魔力回路に不具合はない。

「ふむ……杖に不具合はありませんね」
「で、でも、使えなかったぞ!」
「それは、あなたが使ったからですか?」

この杖の持ち主は、あの日男性の後ろに隠れていた少年。
杖の受け取りには男性が来たため、その少年の姿をはっきりとは見ていない。目の前の彼がその少年だと言われたら、そうかもしれない、と首を傾げながらも受け入れてしまうだろう。
だが、容姿を見ずとも、あの少年とは別人だという確信が和希にはあった。

「なに、を」

うろたえながらも少年は引かない。
この杖はあの日訪れた少年“専用”に作ったものだ。彼以外が使ったならば、十全の効果は発揮できない。

「では、魔力を通して見てください。先ほど確認してもらったように、魔力回路に不具合はありませんでしたので」

一歩後ずさった少年に和希は杖を握らせた。先ほどの勢いは鳴りを潜め、手の中にある杖をじっと見つめる。
少年が魔力を込めた。――かどうかはわからなかった。
一度強くぎゅっと杖を握りしめると、再び和希に押し付け、逃げるように店を飛び出していった。和希は少年を追いかけるつもりはなく、開けっ放しになった扉をがらがらと閉めて嘆息した。
この杖――魔法石には、先ほど来た少年への想いがなかった。縁、とも言うべきだろうか。
ただ魔法石をベースに魔法具を作るのではない。使用者への想いも込めて、製作する。想うというのは、見えなくてもとても強い力だ。望まれなければ反発して使えなくて当然である。
それらをうまく利用するのがこの「天藍堂」の特徴、和希の腕とも言える。
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