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魔法具店『天藍堂』

午前十一時。あくびをしながらのんびりと店のシャッターを上げるひとりの青年。
右側だけ耳にかけた黒髪と大きめな眼鏡が特徴的で、エプロンをしたその姿を見ればその店の店主だということがわかるだろう。
がしゃん、とシャッターが上まで上がったのを確認して大きく背伸び。
だいぶ冬の寒さが和らぎ、日差しが心地よい季節になってきた。今日は一日晴れの予報である。
過ごしやすい一日になりそうで、作業がはかどりそうだと青年――雨森和希は店の看板を見上げてうなずき、店内へと入っていった。
駅から伸びる大通りから、一本路地を曲がったところにその店はある。
商店街からは離れ、店を知っている人間でないと迷ってしまいそうな場所だ。
店の中はやや薄暗く、大小さまざまな魔法具が並んでいる。骨董品のようなランプに、お守り代わりのブレスレット。客の要望に合わせて増えたものもいくつかあるが、基本的には和希の父親の趣味によって商品の品ぞろえは選ばれている。そのせいでほとんど売れていないのが現状で、今では魔法具の修理が主な仕事だ。
それでも時折いっとう大切な仕事が舞い込んでくる。

「ごめんください」

開店して間もなく、がらりと引き戸を開けてひとりの客がやってきた。
店内の掃除を軽くしていた和希は「いらっしゃいませ」と入り口の方を振り返る。
つばの広い帽子をかぶり、シンプルなワンピースと春色のストールを身にまとった妙齢の女性は大事そうに胸に小さな包みを抱えていた。

「作っていただきたいものがあるんですが」

春の風のような声で申し訳なさそうに話す女性は、包みをそっと開き和希へと差し出す。

「アメシストですね」

そこにあったのは親指ほどの大きさのアメシスト。尖った先の方が濃く、下に行くにつれ徐々に色が抜けていっている、よく見かけるものだ。

「妹が今年就職することになりましてね。そのお祝いにお守りを贈ろうと思いまして」
「なるほど、アメシストは身を守るのにいいですものね。形状はどういったものがいいですか?」
「あまり目立たず……でも出来れば肌身離さずつけていられるものがいいんですが……」
「それでしたら、腕時計はいかがでしょうか? 腕時計でしたら身につけていても違和感はありませんし」
「腕時計。……でも、そうなると一から作っていただくようになるのかしら?」
「いえ、既製品にこちらのアメシストを付与する形で問題がなければ大丈夫かと」

おおまかな仕様と見積、工期を説明し、それで女性は承諾した。ベースとなる腕時計は女性の方が用意することになり、後日あらためて来店してもらうことになった。女性が持ってきたアメシストは和希の方で預かることに。

この「天藍堂」で大切な仕事。それは魔法具のオーダーメイド。
魔法具のオーダーメイド自体は珍しくない。
大衆向けの魔法具は用途が、特定の人物が使う場合は相性が、重要になってくる。それに合わせて魔法具技師は魔法石を選び、魔法具は作られる。
しかし会ったこともない相手に合わせて作るとどうしても齟齬が生まれる。ある程度は仕方ないとされ、使う側もそれを見越して魔法具を選ぶのが常だ。
その齟齬を嫌う人々は少なくない。自分の魔力に合ったものを、使いやすいものを使いたいと思うのは当然だろう。
ただ「天藍堂」でオーダーメイドを注文する場合はひとつだけ条件がある。
――使用する魔法石は持参すること。
ただ持参してもらうだけでなく、その魔法石を自分で選んだことが重要になってくる。自分で使うにしても、誰かに贈るにしても、そこには魔法石を望む気持ちがある。それに応えるように手元にやってきた魔法石は、相性がとてもよいのだ。
今回は既製品に魔法石を付与するセミオーダーだが、注文があれば一から作ることももちろんある。
預かったアメシストを和希は手に取り、明かりにかざす。
紫色が濃ければ濃い程、秘めた魔力は強くなる。しかしこのアメシストは明かりにかざせば中が見えるほどの濃さだ。魔力はほとんどないに等しい。けれども春の女性はこれを持ってきた。それに意味がある。
魔力が強ければいいというものではない。お守りにするとなると、強すぎてあらゆるものを拒絶する可能性もある。ほんの気持ち、女性が妹を想う優しさがこの石を見つけ、石もそれに応えた。
アメシストと共に預かった包みに戻り、預かり棚へと丁寧にしまう。腕時計が来るまではそこで待っていてもらおう。
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