ストレイトリガー

 センリの粘り勝ちだった。何についてか、というと、イタルを撮ってもいいことになった。生まれてからずっと次男をやってきたので、しつこくねだるのは得意だったのだ。なぜそうまでしてこの男を撮りたかったのかはわからないが、きっと人物の画が欲しかったんだろう。今の立場で知らない人を撮るのは気が引けるうえに、イタルは被写体としては上々の見た目をしている。
とにかく、何度目かのアタックで、仕方ねえなと雑な許可を得て、センリは小さくガッツポーズした。

財団襲撃の予定日まであと数日、準備をすることはたくさんあるが、この機を逃すわけにはいかない。
 ――の、だが。
いざファインダー越しにこの男と向き合ってみると、しっくりこない。思っていた画と、期待していた雰囲気と、今ここにある現実がかっちりハマらない。何もかもが少しずつずれている。
「違うな。なんか、そうじゃないって感じがする」
「どんなポーズしてても俺は俺だろ。早く撮れよ」
「いや、違うんだよ、こう……なんか……違うんだよなあ、僕の撮りたいイタルと」
 言葉を探しているうちに、じゃあまた今度、と切り上げられ、イタルは買い物に出かけてしまった。貴重なチャンスだったのに。
 けれど、納得のいかない写真は撮りたくない。自分が切り取りたいのは、もっと、こう、ありふれた熱だ。日常にこそ、彼の本質が現れる気がする。だとしたら、撮るべき場面は――。
 いいものを残したい。ただそれだけのプライドが、センリの小さな計画を動かし始めた。

 問題は、センリが極端に朝に弱いことだった。子どもの頃は毎日兄に起こされていたし、今だって目を覚ます頃にはイタルが朝食を作り終えている。
 寝る前に、カメラの準備は完璧にしておく。イタルにギリギリバレない程度の音量でアラームをいくつも設定しておく。とにかく、朝、起きる。
 朝が来て、無事にいつもより早く目覚めたセンリは、こっそりカメラを手にしてリビングへ向かった。
イタルはキッチンで何かを煮ているようで、小さな鍋に向き合っている。センリが起きたことに気づいてはいるだろうが、イタルはそれよりも朝食の用意に集中している。その、まっすぐな視線が、手鍋に注がれて。

今。
 ――シャッター音が鳴って、被写体の男が振り返る。
「……そこで撮るのかよ」
「我ながら、いい写真になった気がする」
 カメラの機能で撮れた画を確認しながら、センリは顔が綻ぶのを止められなかった。これだ。軽薄な男らしからぬ真剣な目。こういうのが撮りたかった!
 不意打ちを喰らったイタルは、ため息をついて手鍋に視線を戻した。
「それ。現像しても、俺には見せるなよ」
「なんでさ。……まあ、いいのが撮れたから、僕は満足だけど」
 いつもと違うやりとりを経て作られた、いつも通りの朝食。向かい合わせのいただきます。サラダにドレッシングをかけて、フォークで混ぜながらイタルはさりげなく告げた。
「もし、財団と戦ったとき――」
近い未来、あるかもしれない可能性の話を聞きながら、朝食のパンを咀嚼し、飲み込んだ。
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