ストレイトリガー

 財団からの命令は主に二種類。人攫いか人殺しである。
 特に命を狙う依頼では、センリとイタルの役割分担ははっきりしていた。センリは正面から戦うというより、相手の隙を作るような動きを担っていた。実際に「遂行」するのはイタルの方だ。
 ――実際のところ、センリはどうしても、人に向かって引き金を引けなかったのだ。迷う矛先は廃墟の角を狙い、塀を崩して退路を断った。

 人を殺せないからといって、任務に参加しないわけにはいかない。逆らっていると判断されたら、家族が――兄がどうなるのかわからないのだ。こうして形だけ戦闘に参加しているというのが、センリの位置づけだった。
 ただ、センリが消極的というよりは、イタルが積極的すぎた。二人にとって最も厄介なはずの相手を、金髪の相棒は目を輝かせて受け持っていた。――つまり、応戦してくる相手を。

 闘争を楽しみたい。ただそれだけのために裏の社会に踏み込んだイタルは、戦闘になると露骨に盛り上がった。
「本当にやるのか? 夜とはいえ、ここで戦うと目立つぞ」
「殺すのが嫌ならそこで見てろ。獲物、もらっちまうぜ。……さあ、俺を殺しに来てみろよ。やりあうなら本気で頼むぜ!」
 イタルはうきうきと宣戦布告して、敵に、標的に向かって光線銃を構えた。
 ――この男は、殺しすらも楽しんでいたのだ。

 うまく騙して連れ去ることができそうだった相手に勝負をふっかけ、数分も経たずに気絶させたときは「つまんねえ奴だったな」と言っていた。――こういう場面が許されるのは、イタルが単純に強いからだ。
 実際のところ、イタルの戦闘に関する動きは、センリと比べて驚くほど洗練されていた。その実力は嘘ではないと、これまでの数々の指令で証明されている。
 近接戦闘では一瞬の隙をついてナイフで一閃。センリが陽動作戦を使えば死角からまっすぐに命を刈り取る。攻撃されたと思ったらカウンターから畳みかけてターゲットを倒す。――とにかく、彼がいてこそ突破できた場面がいくつもある。
 これほど自由に身体を運び、隙を見極めるほどの技術をどこで学んだのだろう。本人が言っていた「ケンカを少々」で片付けられる経験なのだろうか。
 
 ――それだけではない。
初めて人殺しの指令が来たとき、センリは大いに悩んだ。執行日まで、殺人の記憶を思い返して、またあれをやるのか、と、取りつかれたように一人で唸っていた。財団に潜り込むために、表向きには命令に従わなくてはならない。だが、また、殺すなんて。
「イタル、お前はどう思う?」
 いくら指令とはいえ、人命の関わる話だ。センリにとっては深刻な問題だった。財団を滅ぼすと決意してからはさっぱりなくなった悪夢の渦に、再び放り込まれるかもしれないのだ。そんなことはできない。だって何より、正義じゃない。
しかし、イタルは茶を淹れながらあっさりと、
「殺せばいいんだろ?」
 と、センリの抱く暗雲を打ち壊した。――限界だ。
「イタル! お前、人を殺すのがどういうことかわかってるのか?」
 それは悪で罪だ。正義に反する行為だ。人の命を奪った時点で、世界から見て自分たちは悪人になるのだ。――もう悪人になってしまったけれど、それだって罪を重ねる理由にはならないはずだ。
「まあ、いいことじゃねえだろうけど」
 そこで一拍置いて、吐き出すようにイタルは答えた。
「人殺しなんて、割とそのへんにいるもんだろ」
 ――思っていたより、原理があった。ただの軽い男ではない。こいつは自分で考えて、その結果として軽率な結論を出している。にやりと笑って、イタルは続ける。
「命を懸けた方が、戦うのも楽しいってもんさ。生きてる以上、楽しまなきゃ損だろ」
狂った天秤で量れば、イタルにとって命なんてたいした重さではなかったのだ。そこそこ古いモデルだが、ちゃんと機能している腕時計。定期的に染め直しているらしい金髪。どこからどう見ても、そのあたりにいる軽薄な男だろうに。

彼には彼のものさしがあって、ちゃんと善悪を計って戦いを――殺しをしているのだ。ただ、どんな哲学に沿っていても、罪は罪だとセンリは思う。あの男はためらいなく命を奪う。戦いを楽しんでいる。思い出している間に、また一人、イタルが標的にとどめを刺した。血の匂いをものともせず、命なき身体を持ち上げてこちらへ帰ってくる。
「今回の敵はそこそこ楽しかったな」
なんてことのないように語るイタルの前で、センリは口の中で、呪文のように繰り返す。
自分と彼とは違う――と。
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