鳥籠の中で飛翔せよ

「始末はつけたようだな」
「先輩……」
 先輩は魔獣が散らかした部屋を掃除していた。といっても、もともと散らかっていた部屋なので、ガラスを処理するくらいしかしていなさそうだ。
「その屍くらいは自分で片付けろ。それから、服も」
 指摘されて、返り血にいまさら気づいた。ああ、実験着でよかった。
 コウモリだったものを詰め込んだせいで、バッグの中はぐちゃぐちゃだった。これも買い換えないといけない。頭の中がぐるぐるしている。いま考えるのは、そういうことじゃない。
「……あ」
 実験中だからとしまっていた、オレンジのブレスレット。それの金具が切れて、壊れてしまっていた。鳥のチャームも曲がってないし、ビーズは全部揃っているけれど、だからって直せるものじゃない。解き明かされてしまった秘密のように、もう、このブレスレットは使えないんだ。
(ああ、ダメなんだ)
 レイラはどう思っているんだろうか。異常は察しているはずだ。状況からして、魔獣をあたしが処理したのは明白。知ってしまったなら、最悪の場合、彼女は――軍に、殺される。
「どうしよう、レイラが、レイラが……」
「見られたのか?」
 今更になってパニックになる。こんなときでも先輩は冷静だ。当たり前だ。あたしとレイラの関係は、この人にとって他人事なんだから。
「……あたしの、親友に」
 なるほど、と相槌を打って、先輩は割れたガラス片を捨てる。あたしの方はというと、まだ冷や汗と震えが止まらない。
「どうしよう。殺されちゃうかも。あたし、あたしはどうしたら」
「軍は事を荒立てたくないはずだ。誰であろうと生かされているだろうが――聴取や監視が入っている可能性はあるな」
 先輩の言うことはもっともだ。乱れた呼吸が整うころには、やっと事の全貌が見えてきた。
「あたし、」
 レイラはおかしいほどに強化された魔獣を目撃した。それだけなら、まだよかった。
(もしも、全部――あたし、も、見られていたら?)
あたしが戦うところ。異常な大きさの魔獣。そして、あたしが使った触手も。
(あたしがこんな、スライム人間だって知ったら、レイラはきっと怖がる)
 人から触手が生えるなんて、恐ろしくて仕方がないだろう。自分自身もそうだった。初めて使ったときなんて、自分の身体とは思えなかった。
 巻き込んだ。知られた。死なせてしまうかもしれない。いろんな想いが、胸の奥で渦巻いていく。ああ。あたしが普通の女の子だったら、こんなことは起こらなかったのに。それかあたしが国家機密でも、兵器候補でも、隠せてさえいれば。
 こんな境遇だったばかりに、こんなことになったばかりに、あたしとレイラは。
「もう、友達じゃ、いられない……?」
 ――結局、壊れちゃうんだ。
 群れから離れたコウモリと一緒だ。バケモノになってしまえば、フツウには戻れない。こんな不気味な生き物に、近寄りたいとは思わないだろう。だって、レイラのあの青ざめた顔。
 本当のあたしを見たから、そうなったんだよね。
ずっと隠していたことが知られてしまった。いや、最初から、言えなかったこと――嘘があったのがおかしかったんだ。あたしはあの時点で、もうヒトとは呼べない何者かだった。
 ――嘘で秘密を隠し続けておいて、なにが、「証明してみせます」だ。
 零れた涙は、魔獣だったものに落ちて、血と混ざっていった。
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