鳥籠の中で飛翔せよ

 あたしはいつもグレイ先輩の実験室で作業をしている。それについては、先輩本人にも、特別講義の先生にも許可をとっている。勉強より、こうして手を動かす方が得意なのだ。
 諦めたのかなんなのか、手が震えないほどには動物実験に慣れてしまっていた。今日扱うのは普通の個体より大きい、既に魔法で強化してあるコウモリだ。

 魔力が宿り暴走した動物を、現代では「魔獣」と呼んでいる。このコウモリは、もうあたしの前にいる時点で動物じゃなくて魔獣だ。けど、結界術が発展した現代、人の暮らす都市では魔獣なんてまず見ない。赤い目に睨まれると、冷たいものが背筋を伝う感覚がした。
 この子にスライムを移植して、さらにコントロールできるようになれば、あたしたちの軍事研究は一気に進むらしい。――というのは、グレイ先輩から聞いた話だ。どうしてそうなるのか、あたしにはわからない。
 生物兵器には殺意が必要で、かつ敵だけを攻撃する分別も必須だ。たぶん、そのあたりに関係があるんだろう。ということはつまり、この魔獣はあたしたちの未来の姿になるわけだ。

 触手をナイフに変え、未着手のスライムと魔法陣に向き合う。その中心に、件のコウモリ。
 このあたりに住むコウモリは、群れを成して暮らすのだという。この子は仲間たちから切り離されて、ここまで連れてこられたのだろう。
 強化魔法をかけて、スライムを魔獣に繋ぎ合わせる。足されたスライムの分だけ、実験体のシルエットは大きくなる。一目で見て、普通の魔獣ではないとわかるサイズになった。反動で痛むのか、巨大コウモリは暴れる。
 それを狂暴化させる術をいくつも重ね掛けして、魔法の効果を高める媒介を並べながら思いをはせる。
(この子は悩まないのかな。自分が魔獣になって、無理やりバケモノにされて)
 あたしだったら嫌だ。想像するだけで胸が痛んだ。
自分がこんなふうに変わってしまったら、もう元の群れには帰れない。同じだ。もしあたしが兵器候補のスライム人間だと知られたら、いまみたいにギリギリでも人間めいた暮らしはできていないだろう。
 隠し事をしているおかげで、あたしは人間らしくいられている。でも、本当にそれでいいんだろうか。具体的に何かをすることもなく、ただのうのうと日々を送るだけで、本当に人間らしさは証明されるんだろうか。
 ぼうっと考えていたとき、
「アンデルセン!」
 急に先輩があたしを呼んだ。これまで聞いたこともない怒号だった。何かが羽ばたく音が聞こえる。
 ――大きくなった魔獣コウモリが、あたしの拘束を破って飛び出していった。考え込むあまりに、結界術の仕上げを忘れちゃったんだ!
 大きな音を立てて窓が割れる。ガラスの破片が部屋に散らばる。実験器具がいくつも床に転がる。部屋はめちゃくちゃだ。
でも、一大事なのは、魔獣が部屋の外へ行ってしまったということだ。
「いけない!」
 飛び去った魔獣の向かう先は、何も知らない学生たちが集う、一般棟の方だった。
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