鳥籠の中で飛翔せよ

 買い物ついでに久々に一般棟に来た。通りかかった学食は、何も知らない学生たちで賑わっている。ちょうど昼食の時間だったので、そのままご飯にしようかと思っていたとき。
「セリカ! こっちで食事なんて珍しいね」
 レイラだった。いつものすっきりとした恰好に似合わない、大きいバッグを持っていた。それを重そうに、でも大切そうに抱えている、ということは。
「すごい荷物! 図書館行ってきたの?」
「そうなの。こんなにたくさん借りると、流石に重い!」
 レイラの場合、だいたいこういう大荷物は本の山だ。そんなに体力もないはずなのに、本を持ち歩いているときはやけに元気だ。そして、元気なときはだいたい、歴史上の偉人について考えている。
「それも昔の人についての本?」
「そうだけど、昔の人って言い方しないの! すごく素敵な人たちなんだから」
 飛び跳ねそうな仕草も、憧れのサインなのだ。全身でときめきを表すレイラの動きにあわせて、アップスタイルの髪が揺れる。夢への一途を、あたしは彼女からもらった。

 それから二人で学食のテーブルに座ると、いつものように雑談を始める。あたしがあたしでいられる、貴重な時間だ。機密の関係上あたしから話せることは少ないので、さっきの話を続ける。
「今日借りてきたの、誰の本?」
「何冊もあるけど、まずは賢者アルカディア様!」
 レイラは英雄と呼ばれるひとたちの研究をしている。特にドゥサージュ王国という、海の向こうにある国の歴史には熱心だ。隔絶された孤高の国。賢者はその国の英雄だ。
 あたしはドゥサージュには興味がないけど、レイラが楽しそうに話すのは好きだ。彼女が笑えば、知らない世界のこともなんだか美しく思えてくる。そういう感覚を、レイラはくれる。
「彼はドゥサージュを救った英雄でもあるし、魔法技術の発展に欠かせない存在なの! きっと勇気のある、優しくてかっこいい人で……」
 私にもああいう人がいれば、なんて妄想じみた彼女の夢を、あたしは何度も聞かされている。夢を見ているときのレイラは、花が咲くような笑顔をする。その表情を見ると、「もしかしたらその英雄だって、心の狭い人だったかもしれないよ」なんてことは、流石に言えない。

「もうすぐ『光る樹』のお祭りの季節だし、となりで一緒に観たら、きっと何かロマンチックなことを言ってくれるんだろうなあ」
 頬杖をついて、レイラは彼女の世界に入ろうとする。あたしは頬をつついて止める。いつものやりとりだ。
「なによ、ロマンチックって」
「えっと……『光る樹より、君に見とれてしまう』とか!」
「……それ、言われたい?」
 ――『光る樹』というのは、文字通り木が光る現象だ。その時期、アカデミアの近くにある並木道はヘルミト屈指の観光名所になる。恋人同士がたくさん見に来るとかなんとか。レイラはその綺麗な景色を、憧れの偉人と眺める、という妄想をしている。
 このあたりの感性は、あたしにはわからない。けれどレイラがさっき挙げたのは、歴史に残る偉大な賢者が言いそうにないセリフだと思う。
「だって、あんな素晴らしい人に、特別扱いされてみたいじゃない」
「レイラはそうかもね。講義で毎日英雄さんたちの話をしてるわけだし」
 何も残らない、ただ楽しいだけのやりとりが続く。あたしにはそれだけでよかったのに。この世界にははかない夢もあれば、終わらない悪夢もある。
 レイラはまさか親友がバケモノ兵器になりかけてるなんて思いもしないだろう。あたしが夢見るのは、彼女のような普通の学生生活だ。それが叶わないことは、もうこの右腕がわかっている。
 ――だとしても。
 たとえ普通じゃなくても、人間でありたい。その思いは募るばかりだった。これはただの夢じゃない。今のあたしの、本当の生きる目標なのだ。
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