鳥籠の中で飛翔せよ
過去というものは、ふとした瞬間に蘇ってくるものだ。
ヘルミト・アカデミアに入る前。あたしは帝国の隅の、そこそこ大きな町に住んでいた。いくつもある学校のなかで、比較的頭のいいところに通っていたあたしには、進学という選択肢が自然にあった。
地元で働くほど家族に執着はなかったし、軍に入るほど愛国心はなかった。ただなんとなく、よく名前を聞くからという理由で、ヘルミトへの進学を目指していた。
(家に帰るより、ここのほうが落ち着くな)
特に家柄にこだわらないあたしは、家族というものを少し窮屈に感じていた。どの家がどれだけ国に貢献できるか、なんて話は、どうにもピンとこなくてつまらなかったのだ。
そういうわけで、あたしは授業が終わったあとも学校に居座って、とりあえず勉強をしていた。
他にすることがないから、黙々と参考書に向かっていて――レイラが声をかけてきたのは、そんなときだった。
「あなたも、ヘルミトのアカデミアに行くの?」
頭のよさそうな女の子。それが第一印象だった。
「そうだよ。えっと、……あたしはセリカ。あなたは?」
「私はレイラ。ねえ、ヘルミトって、どんなふうにできたか知ってる?」
「できた?」
都市の成り立ちは、入学試験ではあまり問われない。魔法の仕組みや魔術史の方が難しくて、そればかり勉強していたあたしには何も思いつかなかった。
「わからない……。それって、入試に出るかな?」
「出ないかもしれないけど、すっごく面白いよ! もともとあの場所には山しかなかったんだけど――」
彼女の話によると、有名らしい女将軍が、山地を開拓して街を作った――そこがヘルミトらしい。ぜんぜん知らなかった。知ろうともしなかった。舌を回して、長い話をわかりやすく、楽しそうに語る彼女。その内容より、あたしはレイラの目に惹かれた。
「レイラって、目がキラキラしてるんだね」
「それは、英雄さんが好きだから! セリカもきっとそうだよ。好きなものについて話すと、なんだか心がウキウキするでしょ?」
「あたしには、そういうの、ないかも」
日々を楽しくのんきに過ごせていればそれでいい。そんなあたしに、こんなに目を輝かせるものはなかった。
「私はね、本格的なアカデミアで、そういう歴史上の英雄たちの研究をしたいの。だから、ヘルミトに行きたい」
あたしと違って、まっすぐな夢を持っている女の子。気づいたらあたしは、彼女ともっと話したくなっていた。
「ねえ、レイラ。よかったら一緒に勉強しない?」
――それが、あたしたちの出会い。
あのときは、こんな秘密ができるなんて思ってもみなかった。自分が半分バケモノみたいになって、軍の実験に巻き込まれるとわかっていたら、ヘルミト・アカデミアを選ばなかったと思う。
グレイ先輩は、戻れないと言った。それがどういう意味なのかは、嫌というほどわかる。つまりは、もうヒトではないから諦めろ、ってことだ。でも。
あたしには心がある。友達を大切に思ったり、ひとりを寂しく思ったりする心が。
それこそが、あたしが、あたしたちがヒトである証拠だ。
「……っていうわけで、諦めません。あたしは道具や兵器じゃなくて、人間です」
改まったあたしの決意表明は、グレイ先輩の表情を変えた。
ひとつ、夢のような目標のようなものの輪郭が見えた。レイラに英雄の研究があるように、あたしにも、生きるための道しるべがあるとしたら。
「あたしがヒトだと、あたし自身が証明してみせます」。
「お前の考えはわかった。だが――」
先輩のことだから、次に続くのは反論だろう。けど、何を言われてもこの考えを曲げる気はない。待ち構えた言葉は――逸らされた視線の奥に消えた。
「いや、なんでもない。アンデルセン、お前はそれでいいのかもしれないな」
意外な返事だった。先輩の背中をじっと眺める。さっき、一瞬だけ見えた青い瞳の奥に、なにか揺れ動くものが見えた。
いつもは厳しい先輩が、こんなにすぐ認めてくれた。レイラみたいにまっすぐにはなれないけれど、あたしにも目指すべき場所ができた。しかも、あの先輩が、それをすぐに認めてくれた。
ただ悩んでいるだけじゃない。あたしが生きていく道しるべが、やっと見えた気がした。
ヘルミト・アカデミアに入る前。あたしは帝国の隅の、そこそこ大きな町に住んでいた。いくつもある学校のなかで、比較的頭のいいところに通っていたあたしには、進学という選択肢が自然にあった。
地元で働くほど家族に執着はなかったし、軍に入るほど愛国心はなかった。ただなんとなく、よく名前を聞くからという理由で、ヘルミトへの進学を目指していた。
(家に帰るより、ここのほうが落ち着くな)
特に家柄にこだわらないあたしは、家族というものを少し窮屈に感じていた。どの家がどれだけ国に貢献できるか、なんて話は、どうにもピンとこなくてつまらなかったのだ。
そういうわけで、あたしは授業が終わったあとも学校に居座って、とりあえず勉強をしていた。
他にすることがないから、黙々と参考書に向かっていて――レイラが声をかけてきたのは、そんなときだった。
「あなたも、ヘルミトのアカデミアに行くの?」
頭のよさそうな女の子。それが第一印象だった。
「そうだよ。えっと、……あたしはセリカ。あなたは?」
「私はレイラ。ねえ、ヘルミトって、どんなふうにできたか知ってる?」
「できた?」
都市の成り立ちは、入学試験ではあまり問われない。魔法の仕組みや魔術史の方が難しくて、そればかり勉強していたあたしには何も思いつかなかった。
「わからない……。それって、入試に出るかな?」
「出ないかもしれないけど、すっごく面白いよ! もともとあの場所には山しかなかったんだけど――」
彼女の話によると、有名らしい女将軍が、山地を開拓して街を作った――そこがヘルミトらしい。ぜんぜん知らなかった。知ろうともしなかった。舌を回して、長い話をわかりやすく、楽しそうに語る彼女。その内容より、あたしはレイラの目に惹かれた。
「レイラって、目がキラキラしてるんだね」
「それは、英雄さんが好きだから! セリカもきっとそうだよ。好きなものについて話すと、なんだか心がウキウキするでしょ?」
「あたしには、そういうの、ないかも」
日々を楽しくのんきに過ごせていればそれでいい。そんなあたしに、こんなに目を輝かせるものはなかった。
「私はね、本格的なアカデミアで、そういう歴史上の英雄たちの研究をしたいの。だから、ヘルミトに行きたい」
あたしと違って、まっすぐな夢を持っている女の子。気づいたらあたしは、彼女ともっと話したくなっていた。
「ねえ、レイラ。よかったら一緒に勉強しない?」
――それが、あたしたちの出会い。
あのときは、こんな秘密ができるなんて思ってもみなかった。自分が半分バケモノみたいになって、軍の実験に巻き込まれるとわかっていたら、ヘルミト・アカデミアを選ばなかったと思う。
グレイ先輩は、戻れないと言った。それがどういう意味なのかは、嫌というほどわかる。つまりは、もうヒトではないから諦めろ、ってことだ。でも。
あたしには心がある。友達を大切に思ったり、ひとりを寂しく思ったりする心が。
それこそが、あたしが、あたしたちがヒトである証拠だ。
「……っていうわけで、諦めません。あたしは道具や兵器じゃなくて、人間です」
改まったあたしの決意表明は、グレイ先輩の表情を変えた。
ひとつ、夢のような目標のようなものの輪郭が見えた。レイラに英雄の研究があるように、あたしにも、生きるための道しるべがあるとしたら。
「あたしがヒトだと、あたし自身が証明してみせます」。
「お前の考えはわかった。だが――」
先輩のことだから、次に続くのは反論だろう。けど、何を言われてもこの考えを曲げる気はない。待ち構えた言葉は――逸らされた視線の奥に消えた。
「いや、なんでもない。アンデルセン、お前はそれでいいのかもしれないな」
意外な返事だった。先輩の背中をじっと眺める。さっき、一瞬だけ見えた青い瞳の奥に、なにか揺れ動くものが見えた。
いつもは厳しい先輩が、こんなにすぐ認めてくれた。レイラみたいにまっすぐにはなれないけれど、あたしにも目指すべき場所ができた。しかも、あの先輩が、それをすぐに認めてくれた。
ただ悩んでいるだけじゃない。あたしが生きていく道しるべが、やっと見えた気がした。