鳥籠の中で飛翔せよ

 決定的な事件が起きたのは、雪の季節。アーロンさん、クリスさんと三人で魔獣退治に行った日のことだった。その魔獣は街の近くにある洞窟に住んでいて、時折人を襲うのだそうだ。手ごわい相手だと聞いていたから、三人での出動になった。

 洞窟内部には、コウモリの魔獣がびっしり。その親玉であろう大きな魔獣は、いかにも足の速そうな四つ足の獣だった。
「こんな大群に大物、どう相手したらいいんでしょう」
「とりあえずオレが牽制するから、クリスとアリサは遠距離で――」
 アーロンさんの言葉の途中で、勝手に触手が伸びた。オレンジの触手が刃になって、洞窟中を暴れまわる。
「なに? なんなの?」
 まずコウモリの魔獣を真っ二つ。次に魔獣の親玉をめった刺し。有り余った力は、次に人間を狙って――。アーロンさんが、あたしに剣を向けた。
 覚えているのはそこまでだ。

 気が付くと、洞窟には血の匂いが充満していた。あたしの腕は人間の腕に戻っていて、二人の先輩が佇んでいた。クリスさんはひどい怪我をしていて、アーロンさんがそれを肩で支えている。
「先輩? これって」
「アリサ、お前――」
 アーロンさんは見たこともない顔であたしを睨んでいた。それを、クリスさんが細い声で制する。……あたしが攻撃した。襲ったんだ。先輩を。
「いいんだ。これくらい、治癒術を一日受ければ治る」
 よく見ると、アーロンさんも腕や脚から血を流している。あたしを止めるために、ここまで戦ったんだ。
「あたし、あたし……」
「覚えてるんだな」
「少しは。けど、そんな……違います。あたし、先輩を攻撃するつもりなんて」
「だろうな。けど、クリスはここまでやられた」
 まとまらない考えが声になって抜けていく。あたしが? 先輩を? なんで?
「身体が。身体が勝手に動いて……」
 思い出したのは、タクトを殺したあの日だった。あの日も、あたしは気づけば人を――。蘇ってくる記憶に、胸のあたりが苦しくなってくる。腕が疼く。
「待って、また」
 身体が勝手に触手へと変わっていく。オレンジ色に染まった腕が、鋭い刃になっていく。
「なんで? 嫌――止まって!」
 あたしの身体なのに、言うことを聞いてくれない。鮮やかな刃がアーロンさんに向かっていく。

 そのとき、鋭い魔力の塊が、あたしの触手を貫いた。力が抜けて、自然に倒れる。見えないけれど、誰が来たのかわかる。リックさんだ。
「こんなところにいたのか」
 きっと見下ろされている。険しいけれど、いつも通りの穏やかな声だ。
「やはり侵食が進んでいるようだな。アリサ、君は悪くない。悪いのは君をこんな身体にした帝国だ」
「おれの判断ミス、です。暴走の可能性があることを、もっと早く伝えていれば」
 息も絶え絶えにクリスさんが言う。あたしは地面に視線を移す。もう見ていられなかった。暴走のリスク。じゃあ、タクトを殺したときのあれも、触手の暴走のせいだったってこと? いままで魔獣を倒してきたのも?
「せん、ぱい」
 あたしはいつのまにか、そこにいるだけで人を傷つける存在になってしまったんだ。
 でもこの人たちは、あたしを殺さないんだろう。搬送、治療、そういう言葉が頭上から聞こえてくる。
 そもそも、タクトを殺したあたしが今までのうのうと生きていられたのは、このギルドが盾になってくれたからだ。いまのあたしは、そのギルドの人たちまで殺しかけた。

 あたしは、ヒトじゃなくバケモノだったのか。
 靄がかかったように、ぼんやりとそう思った。次の瞬間、よく知る声が頭の中に響く。
 ――諦めません。あたしは道具や兵器じゃなくて、人間です。
 あたしの声。きっとそれは、過去のあたしが出した大切な結論だ。あなたは強いんだね。いまのあたしも、アリサ・クルーもそんな答えを望んでいる。
 でも――この身体で、そうあり続けることができるだろうか。きっと無理だ。こんな出来事が続くなら、あたしはこの場所にはいられない。あたしを助けてくれた優しい人たちを、これ以上傷つけたくない。
 薄れていく意識の中であたしは決意した。このギルドと、さよならしよう。あたしがあたしでいられるうちに。本当のバケモノになってしまわないうちに。誰にも気づかれない、誰も襲わないどこかへ行こう。
 その選択が、あたしがヒトであったことを、何より証明すると思うから。
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