鳥籠の中で飛翔せよ
タクトが死んだ。
その事実がギルドに伝わるのはそう遅くなかった。複数の目撃情報があるらしいから、あたしが犯人だということは上層部には特定されているだろう。
アーロンさん、クリスさん、そしてリックさん。三人の先輩が、あたしを取り囲んでいた。
「なんてことをしてくれたんだ、と言うべき状況なんだろうけど。……まずアリサ、大丈夫か?」
アーロンさんが気づかわしげに言った。いつもの元気な態度とは違うけれど、根の優しさが表に出ていた。
「帝国は、殺人犯を追ってはいないらしい。むしろ別の研究に力を入れているとか。……死んだ男を生き返らせようとでもしているんだろう」
逆に、クリスさんは冷静なままだった。けれど、あたしを責めるようなことは一切言わなかった。
「実行犯がここのギルドに所属していて、この国で生きてるってことがバレてないのは奇跡だよ。……よく制服で行かなかったね」
リックさんに至っては、なぜかあたしを褒めた。帝国のトップを殺すなんて、とんでもないことをしでかしたあたしを、だ。
(あれ? レイラは……)
記憶の中のレイラは、タクトの話をするとき、決まって頬を染めていた。花のような笑顔。夢を見る顔。恋をした顔。
現実が突然襲ってきて、すうっと背中が寒くなった。
あたしは、親友の好きな人を、殺してしまったんだ。
「なんで。あたし、なんてことを……」
タクトとどう戦って、どんなふうに命を奪ったのか、あたしにはわからない。全く覚えていなかったからだ。衝動に乗っ取られて、きっとこの触手を振り回したんだろう。殺そうと思って彼に近づいたわけじゃないのに。どうして。なんであたし、そんなこと。後悔の泥沼に沈んでいく。
「大丈夫か?」
異常を察したクリスさんが声をかけてくれる。アーロンさんもそっとあたしの肩をゆする。それでやっと、戻ってこれた。
「状況を整理した。タクトが真実を話したのは、お前を殺す算段があったからだ。目撃者の少なさからみるに、人目に付かない場所だったんだろう。可能性は高い」
「違うんです、だって、あたしが! レイラを!」
レイラと帝国の機密がどう関係しているか、あたしはまだ思い出せてない。けれどその接点があるとするなら、それはあたしだ。名前も知らない、過去のあたし。
――あたしが何かしたせいで、レイラは帝国に処分された。そして、タクトまでもあたしに殺された。
全部あたしのせいだ。
「アリサ、間違うな。改造兵士をつくったのも、レイラって子をどうこうしたのも、帝国だ。アリサが悪かったわけじゃない」
「でもあたしは、ひとを殺しました」
「そんなこといったら、おれだって人殺しだ。……その手のことは任務で経験している」
そうですけど、と言いたくて、あたしは黙った。ここは食い下がるところじゃない。
「あたしは、罰されますよね。そうしてください」
「普通はそうするだろう。だが、今回は相手が相手だ。この事実を公にするわけにはいかない」
あたしの知らないところで、勝手に話が進んでいく。会話が途切れることはない。
「クリスの調べだと、帝国は内部の改造兵士を疑っているようだ。だからアリサのことは秘密にしておいて、極力帝国の目がこちらに向かないようにしたい――というのが、国の考えだよ」
ああ、なんだ。もう答えは出ていたんだ。あたしがやったことなのに、その処遇はあたしの関係ない場所で決められていた。
「ここでウチが派手に立ち回ったら、それこそ侵略戦争のターゲットにされかねない。アリサのことは隠す。君はすぐには罰されないだろう。これは上の決定だからね」
「そんな」
こんなひどい人間が、罰を受けることもないまま、のうのうと生きていていいの? レイラも、タクトという人も、もう死んでしまったのに。あたしだけ、生きているなんて――。
左腕が、じわじわとオレンジ色の触手に変わっていく。まるで慰めるように頭をなでてくれる。
(この触手、勝手に動けるんだ)
感心しつつも、気は晴れなかった。触手ひとつがどうこうしようと、起こってしまった事実は変わらない。
「ねえ、あたしはどうすればいいんだろう」
スライム状の触手は答えない。どころか、刃へと形を変えて、あたしの代わりなのか部屋中を暴れ始めた。
「こら」
力を込めて、触手を元に戻す。なんであたしが触手の面倒を見ないといけないんだか。
そもそもこの触手は、どうして動くの? 帝国は何をしようとして、人間とスライムを合体なんてさせたんだろう。あたしはヒトと言えるんだろうか。あたしをこんな姿にした帝国のひとは、どう思うんだろう。
――そんなあたしが、レイラや他のみんなと同じ毎日を過ごしていいのかな。
思い出した。過去のあたしの苦悩が見えた。そうか、あなたもそうだったんだね。そして、いまのあたしも同じ気持ちだ。
考え続ければ、わかるんだろうか? あたしはヒトとしてどうあるべきか。バケモノや兵器としてあるべきなのか。
このとき、あたしは気づきはじめていた。ヒトとバケモノの境界線のことも。あたし自身が、ずっとその線の上にいたことも。
その事実がギルドに伝わるのはそう遅くなかった。複数の目撃情報があるらしいから、あたしが犯人だということは上層部には特定されているだろう。
アーロンさん、クリスさん、そしてリックさん。三人の先輩が、あたしを取り囲んでいた。
「なんてことをしてくれたんだ、と言うべき状況なんだろうけど。……まずアリサ、大丈夫か?」
アーロンさんが気づかわしげに言った。いつもの元気な態度とは違うけれど、根の優しさが表に出ていた。
「帝国は、殺人犯を追ってはいないらしい。むしろ別の研究に力を入れているとか。……死んだ男を生き返らせようとでもしているんだろう」
逆に、クリスさんは冷静なままだった。けれど、あたしを責めるようなことは一切言わなかった。
「実行犯がここのギルドに所属していて、この国で生きてるってことがバレてないのは奇跡だよ。……よく制服で行かなかったね」
リックさんに至っては、なぜかあたしを褒めた。帝国のトップを殺すなんて、とんでもないことをしでかしたあたしを、だ。
(あれ? レイラは……)
記憶の中のレイラは、タクトの話をするとき、決まって頬を染めていた。花のような笑顔。夢を見る顔。恋をした顔。
現実が突然襲ってきて、すうっと背中が寒くなった。
あたしは、親友の好きな人を、殺してしまったんだ。
「なんで。あたし、なんてことを……」
タクトとどう戦って、どんなふうに命を奪ったのか、あたしにはわからない。全く覚えていなかったからだ。衝動に乗っ取られて、きっとこの触手を振り回したんだろう。殺そうと思って彼に近づいたわけじゃないのに。どうして。なんであたし、そんなこと。後悔の泥沼に沈んでいく。
「大丈夫か?」
異常を察したクリスさんが声をかけてくれる。アーロンさんもそっとあたしの肩をゆする。それでやっと、戻ってこれた。
「状況を整理した。タクトが真実を話したのは、お前を殺す算段があったからだ。目撃者の少なさからみるに、人目に付かない場所だったんだろう。可能性は高い」
「違うんです、だって、あたしが! レイラを!」
レイラと帝国の機密がどう関係しているか、あたしはまだ思い出せてない。けれどその接点があるとするなら、それはあたしだ。名前も知らない、過去のあたし。
――あたしが何かしたせいで、レイラは帝国に処分された。そして、タクトまでもあたしに殺された。
全部あたしのせいだ。
「アリサ、間違うな。改造兵士をつくったのも、レイラって子をどうこうしたのも、帝国だ。アリサが悪かったわけじゃない」
「でもあたしは、ひとを殺しました」
「そんなこといったら、おれだって人殺しだ。……その手のことは任務で経験している」
そうですけど、と言いたくて、あたしは黙った。ここは食い下がるところじゃない。
「あたしは、罰されますよね。そうしてください」
「普通はそうするだろう。だが、今回は相手が相手だ。この事実を公にするわけにはいかない」
あたしの知らないところで、勝手に話が進んでいく。会話が途切れることはない。
「クリスの調べだと、帝国は内部の改造兵士を疑っているようだ。だからアリサのことは秘密にしておいて、極力帝国の目がこちらに向かないようにしたい――というのが、国の考えだよ」
ああ、なんだ。もう答えは出ていたんだ。あたしがやったことなのに、その処遇はあたしの関係ない場所で決められていた。
「ここでウチが派手に立ち回ったら、それこそ侵略戦争のターゲットにされかねない。アリサのことは隠す。君はすぐには罰されないだろう。これは上の決定だからね」
「そんな」
こんなひどい人間が、罰を受けることもないまま、のうのうと生きていていいの? レイラも、タクトという人も、もう死んでしまったのに。あたしだけ、生きているなんて――。
左腕が、じわじわとオレンジ色の触手に変わっていく。まるで慰めるように頭をなでてくれる。
(この触手、勝手に動けるんだ)
感心しつつも、気は晴れなかった。触手ひとつがどうこうしようと、起こってしまった事実は変わらない。
「ねえ、あたしはどうすればいいんだろう」
スライム状の触手は答えない。どころか、刃へと形を変えて、あたしの代わりなのか部屋中を暴れ始めた。
「こら」
力を込めて、触手を元に戻す。なんであたしが触手の面倒を見ないといけないんだか。
そもそもこの触手は、どうして動くの? 帝国は何をしようとして、人間とスライムを合体なんてさせたんだろう。あたしはヒトと言えるんだろうか。あたしをこんな姿にした帝国のひとは、どう思うんだろう。
――そんなあたしが、レイラや他のみんなと同じ毎日を過ごしていいのかな。
思い出した。過去のあたしの苦悩が見えた。そうか、あなたもそうだったんだね。そして、いまのあたしも同じ気持ちだ。
考え続ければ、わかるんだろうか? あたしはヒトとしてどうあるべきか。バケモノや兵器としてあるべきなのか。
このとき、あたしは気づきはじめていた。ヒトとバケモノの境界線のことも。あたし自身が、ずっとその線の上にいたことも。