鳥籠の中で飛翔せよ
憂鬱だ。
離れていても、レイラと話せればいいのに。通信魔法が発明されたってニュースは聞いたけれど、あたしみたいな庶民には手が届かない。その術を刻んだ道具は、それはそれは高価らしい。愚痴の一つでも彼女に零せば、少しは気が晴れるだろうに。
ため息をついても仕方がないので、実験室の主に話しかけてみる。
「先輩は何してるんですか?」
挨拶のように言い、返事も待たずに作業台を覗く。
先輩は、黒い足環をつけられた小鳥に、右手でナイフを突き刺しているところだった。
「ひゃあ」
目を逸らす。ぴぃ、ばさばさ、聞いてはいけないような音がする。胸のあたりがぞわぞわと騒いだ。そこで先輩はやっと振り返って、いやな感じに笑う。
「怖気づいたか?」
実際のところ、今更な話だ。彼女はこの手の研究で何度も評価されていて、帝都から偉い人が会いに来たこともある。血生臭い場面を見たことも一度や二度じゃない。
いい加減慣れるべきだとはわかっているけど、あまり納得できない。何を隠そう、こんなに気が滅入っている理由は、あたしにもついに「そのとき」が来たからだ。
「動物実験……」
「ああ。この時期になると、お前の学年でも生物を扱うことになる」
しれっと言ってのけるグレイ先輩は、あたしの葛藤をものともしない。
「なんであたしたちが、そんなことをしなくちゃ……」
「選ばれたとでも思えばいいさ。でなければ単位を落とすだけだ」
こんなときでも先輩は意地悪だ。単位がかかっていることは言われなくてもわかってる。まるで成績を人質にとられているみたいだ。
でも、だからって、なんで。
「だいたい、スライムの扱いと動物実験と、なにか関係あるんですか?」
「最終地点はスライムを利用して人間を改造することだ。動物実験や私たちに植え付けられた触手は、その通過地点でしかない」
――説明されてるのか、はぐらかされているのかわからない。あたしは突然、特別講義の先生を思い出した。この研究には第一人者とされる偉い人がいて、あたしたちが読んでいる教科書のようなものや、先行研究とやらをざくざく作っているらしい。それも、あたしたちに特別講義をしている先生とは別なんだとか。あたしも、先輩も、第一人者の姿を見たことはない。
その偉い人曰く、改造人間本人にしかわからないことがあるだろう、とのことで。そうして適合者たちにはスライムが植え付けられたのだという。
「そんなの、あたしたちだって、実験動物にされたようなもんじゃ――あっ、」
言っちゃいけないことだった。まるで先輩ごとモノ扱いしたような言葉遣いだ。口に出してから気づく。えっと、あの、と言葉を繋いでも、なかったことにはできない。きっといつもより厳しく叱られる。
「まあ、そうだろうな」
鋭い反論がくると身構えていたのに、平然としたイエスが返ってくる。あたしは一瞬何が起こったのかわからなかった。
「どちらにせよ、私たちはもう戻れない」
そう言ったときの先輩は、一瞬だけいつもと違う顔を見せた。でも、それがどういう感情なのかはわからない。ただ、言葉に乗っているのは、あたしをたぶらかすのと同じ諦めだ。
「せいぜい実験動物らしく、学生らしく、研究に励んで結果を出すだけだ」
「ひどい」
あたしにできるのは、慣れきった反応を返すことだけだった。次には何の反応もなかった。
――やっぱり、このひとは厳しいだけじゃない。あたしみたいに、この籠の中になにか思うところがあるんだ。
あたしがそう思ったとき、先輩の言葉はもう終わっていた。こんな会話をどこまで続けたって意味がない。それを、二人とも知っていたからだ。
離れていても、レイラと話せればいいのに。通信魔法が発明されたってニュースは聞いたけれど、あたしみたいな庶民には手が届かない。その術を刻んだ道具は、それはそれは高価らしい。愚痴の一つでも彼女に零せば、少しは気が晴れるだろうに。
ため息をついても仕方がないので、実験室の主に話しかけてみる。
「先輩は何してるんですか?」
挨拶のように言い、返事も待たずに作業台を覗く。
先輩は、黒い足環をつけられた小鳥に、右手でナイフを突き刺しているところだった。
「ひゃあ」
目を逸らす。ぴぃ、ばさばさ、聞いてはいけないような音がする。胸のあたりがぞわぞわと騒いだ。そこで先輩はやっと振り返って、いやな感じに笑う。
「怖気づいたか?」
実際のところ、今更な話だ。彼女はこの手の研究で何度も評価されていて、帝都から偉い人が会いに来たこともある。血生臭い場面を見たことも一度や二度じゃない。
いい加減慣れるべきだとはわかっているけど、あまり納得できない。何を隠そう、こんなに気が滅入っている理由は、あたしにもついに「そのとき」が来たからだ。
「動物実験……」
「ああ。この時期になると、お前の学年でも生物を扱うことになる」
しれっと言ってのけるグレイ先輩は、あたしの葛藤をものともしない。
「なんであたしたちが、そんなことをしなくちゃ……」
「選ばれたとでも思えばいいさ。でなければ単位を落とすだけだ」
こんなときでも先輩は意地悪だ。単位がかかっていることは言われなくてもわかってる。まるで成績を人質にとられているみたいだ。
でも、だからって、なんで。
「だいたい、スライムの扱いと動物実験と、なにか関係あるんですか?」
「最終地点はスライムを利用して人間を改造することだ。動物実験や私たちに植え付けられた触手は、その通過地点でしかない」
――説明されてるのか、はぐらかされているのかわからない。あたしは突然、特別講義の先生を思い出した。この研究には第一人者とされる偉い人がいて、あたしたちが読んでいる教科書のようなものや、先行研究とやらをざくざく作っているらしい。それも、あたしたちに特別講義をしている先生とは別なんだとか。あたしも、先輩も、第一人者の姿を見たことはない。
その偉い人曰く、改造人間本人にしかわからないことがあるだろう、とのことで。そうして適合者たちにはスライムが植え付けられたのだという。
「そんなの、あたしたちだって、実験動物にされたようなもんじゃ――あっ、」
言っちゃいけないことだった。まるで先輩ごとモノ扱いしたような言葉遣いだ。口に出してから気づく。えっと、あの、と言葉を繋いでも、なかったことにはできない。きっといつもより厳しく叱られる。
「まあ、そうだろうな」
鋭い反論がくると身構えていたのに、平然としたイエスが返ってくる。あたしは一瞬何が起こったのかわからなかった。
「どちらにせよ、私たちはもう戻れない」
そう言ったときの先輩は、一瞬だけいつもと違う顔を見せた。でも、それがどういう感情なのかはわからない。ただ、言葉に乗っているのは、あたしをたぶらかすのと同じ諦めだ。
「せいぜい実験動物らしく、学生らしく、研究に励んで結果を出すだけだ」
「ひどい」
あたしにできるのは、慣れきった反応を返すことだけだった。次には何の反応もなかった。
――やっぱり、このひとは厳しいだけじゃない。あたしみたいに、この籠の中になにか思うところがあるんだ。
あたしがそう思ったとき、先輩の言葉はもう終わっていた。こんな会話をどこまで続けたって意味がない。それを、二人とも知っていたからだ。