鳥籠の中で飛翔せよ

 情報は本当だった。
 都立ギルドの第二支社は、帝国との国境付近にあるという。その国境の向こう、帝国の果てにある街を、タクトが視察に来る――。

 当日、あたしは国境都市にいた。もちろん、タクトに会うためだ。見た目も居場所も、資料で見て知っている。あのメモには、タクトの情報がしっかりまとまっていた。
帝国の中枢にいるタクトというひとを、どうこうしようと思ったわけじゃない。なんでレイラを爆弾みたいに使ったのか。それが知りたかった。
(あの人だ)
 資料にあった通りの服装と顔つき。彼で間違いない。
あたしは動いた。彼に近づくのは簡単だった。身体を動かしたり身を隠したりするのは得意なのだ。一緒にいる警備は一人だけ。タクトという男は、きっと相当強くて、そして同じくらい他人を信用していないんだ。
「すみません、タクトさんですよね。ひとつ、訊いてもいいですか?」
 想像と違って、ずいぶんと穏やかな目つきをしている。きっとその裏に、恐ろしい本性を隠しているんだ。
「どうしたんだい? こちらは今、忙しいんだが」
「レイラのこと、覚えてますか?」
 少しだけ、彼の表情が変わった。

まばたき二つぶんの沈黙のあと、タクトは口を開いた。
「……ああ、彼女のことは本当に残念だったよ。彼女の才能には価値があった。我が国の宝ともいえる人材だったんだが」
 どこかへ歩きながら、ついでのように彼は語った。ゆたりした態度の男を追いかけて考える。おかしい。レイラは普通の女の子だったはずだ。このひとは何を勘違いしているんだろう。
「違う。レイラはそんな特別な子じゃない」
 どう考えても誤解しているか、嘘をついている。そう指摘すると、相手は態度をがらりと変えた。鋭い目。
「なんだ、本物の友人か。……なら知っているんじゃないか? そいつが我が帝国の機密を垣間見たことを。こちらに不都合だ、だから処分した。ただ、あれに利用価値があったのは本当だ」
「なんであたしに、そんな話を?」
 ――人気の少ないところに、誘導されている。タクトはあたしの質問を無視して続けた。
「運び役は誰でもよかったんだが、ちょうどいいところに駒がいたものだと思ったよ」
 冷え切った声だった。
 駒。そうか、レイラは駒だったのね。あんなに純粋に恋してたのに。
瞼に焼き付いていたはずのレイラの笑顔が、灰になって散っていく。あたしの中で、何かが切れた。

 ――そこから先、何をどうして彼に立ち向かったかは覚えていない。けれど、我に返ったあたしの前には、高慢そうな男の死体があった。タクトは目を見開いてこと切れている。軍人だろうか、誰かの足音が聞こえる。このままだと、帝国に捕まってしまうだろう――。
 必死に視線を振り払って、エーテル機関車に乗り込み、ギルドのある王都に帰るまで。あたしの中でずっと、罪という言葉がぐるぐるしていた。
 ああ。まさか、こんなに簡単に人を殺せるなんて。
「あたし、やっぱり戦うのが似合ってるんだ」
 ここが戦場ならば、こんな事実を抱えずに済むのに。そんな物騒なことを考えてしまった。あたしは逃げた。この場所から、事実から。知らず知らずのうちに果たしてしまった復讐から。
 あたしはついさっき、人殺しになった。どうやったのかも知らないままに。もしもあたしが人間なら、許されない。許されていいことじゃない。
 ――なんだか、前にもこうやって逃げたことがあるかもしれない。苦い懐かしさが心を掠めていた。
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