鳥籠の中で飛翔せよ
ギルド本部の中、人気のない一画に呼び出された。相手はクリス先輩だ。そのときから、少し嫌な予感はしていた。埃をかぶった窓から、夕日が差し込んでいた。先輩は前置きもなく、こう切り出した。
「――本当のことを知りたいか?」
「それは、どういうことですか?」
質問に質問で返すのは、あまりいいことじゃない。でも、聞き返さないわけにはいかなかった。だって、このひとが何を考えているのか、わからない。
「言い方が悪かったな。……お前の記憶と関係あるかもしれない情報を掴んだ。だが、知らない方がいい話かもしれない」
そういうことか。なら、答えは一つだ。迷うまでもない。
「知りたいです」
「……後悔しないか?」
この前置きは、クリスさんなりの気遣いだ。でも、あたしは無知の籠から出たかった。
「たしかに、知らなければよかったと思うこともあるかもしれません。でも、あたしは――わからないことをそのままにしておく方が、きっと後悔します。だから」
そこまで言って息が切れた。継ごうとした一瞬の間に、クリスさんは言葉を差し込む。
「わかった。落ち着いて聞いてくれ」
静寂に気圧されて唾を飲み込んだ。場の空気がぐっと重くなる。無理に思い出さなくていい、そういう約束だった。それなのにこんな話をしてくるなんて。クリスさんは事の核心を掴んだのかもしれない。彼は、語る。
「いま、グラン帝国で軍事作戦の主権を握っているのはタクト・F・グレイという男だ。かつて、いわゆるテロ行為というものを行っていた」
「テロ……?」
そんなことは身に覚えがない。いったいあたしにどう繋がるっていうんだろう。
「荷物の運搬と称して、爆破魔法を運ばせていたらしい。それが、お前を傷つけた二年戦争のきっかけだ。そして、運搬者のリストには、お前が言ったのと同じ――レイラという名前があった」
ばちん。
鼓動のリズムのように、ズキズキと頭が痛む。いたい。そう呟いて蹲る。クリス先輩が、ゆっくり背中をさすってくれる。浮かぶのは、記憶の中で笑う親友。
――タクト様がね、私に頼み事をしてくれたの。
戻ってくる記憶。照れた口調のレイラ。
――だからね。この約束を果たしたら、私、告白しようと思って……。
あの翌日に起きた、大規模な事件。
二年戦争の始まりは、帝国が起こした爆破事件のはずだった。その「運搬役」がレイラだとしたら。記憶が繋がっていく。
――海辺の国って初めて来たけど、やっぱ人通りも多いのね。ここからじゃないと――。
その会話の途中に、何かが起きた。途切れた通信。その最後に聞こえたのは、爆発音?
「レイラだ」
あのとき、レイラは何も知らずに、うきうきと任務を遂行していた。攻撃魔法の持ち運びができるようになったのは、そう最近のことじゃない。タクトは彼女の恋心をそれと知り、利用したんだ。
「そんなの……ヒトじゃなくて、モノだ」
まるで道具みたいに。
好きな人ができた。今日も話せた。通信機を贈ってもらった。嬉しそうに笑うレイラの姿が、次々と蘇ってくる。
でもその感情は裏切られた。あの男は、ヒトをモノだと思ってる。帝国の軍人はみんなそう。タクトだって例外じゃなかったんだ。
(あたしは、親友を守れなかった)
これはきっと二度目の失望。あたしが帝国にいた頃と同じ絶望。親友は、軍に――タクトに利用されて、切り捨てられたんだ。
「――本当のことを知りたいか?」
「それは、どういうことですか?」
質問に質問で返すのは、あまりいいことじゃない。でも、聞き返さないわけにはいかなかった。だって、このひとが何を考えているのか、わからない。
「言い方が悪かったな。……お前の記憶と関係あるかもしれない情報を掴んだ。だが、知らない方がいい話かもしれない」
そういうことか。なら、答えは一つだ。迷うまでもない。
「知りたいです」
「……後悔しないか?」
この前置きは、クリスさんなりの気遣いだ。でも、あたしは無知の籠から出たかった。
「たしかに、知らなければよかったと思うこともあるかもしれません。でも、あたしは――わからないことをそのままにしておく方が、きっと後悔します。だから」
そこまで言って息が切れた。継ごうとした一瞬の間に、クリスさんは言葉を差し込む。
「わかった。落ち着いて聞いてくれ」
静寂に気圧されて唾を飲み込んだ。場の空気がぐっと重くなる。無理に思い出さなくていい、そういう約束だった。それなのにこんな話をしてくるなんて。クリスさんは事の核心を掴んだのかもしれない。彼は、語る。
「いま、グラン帝国で軍事作戦の主権を握っているのはタクト・F・グレイという男だ。かつて、いわゆるテロ行為というものを行っていた」
「テロ……?」
そんなことは身に覚えがない。いったいあたしにどう繋がるっていうんだろう。
「荷物の運搬と称して、爆破魔法を運ばせていたらしい。それが、お前を傷つけた二年戦争のきっかけだ。そして、運搬者のリストには、お前が言ったのと同じ――レイラという名前があった」
ばちん。
鼓動のリズムのように、ズキズキと頭が痛む。いたい。そう呟いて蹲る。クリス先輩が、ゆっくり背中をさすってくれる。浮かぶのは、記憶の中で笑う親友。
――タクト様がね、私に頼み事をしてくれたの。
戻ってくる記憶。照れた口調のレイラ。
――だからね。この約束を果たしたら、私、告白しようと思って……。
あの翌日に起きた、大規模な事件。
二年戦争の始まりは、帝国が起こした爆破事件のはずだった。その「運搬役」がレイラだとしたら。記憶が繋がっていく。
――海辺の国って初めて来たけど、やっぱ人通りも多いのね。ここからじゃないと――。
その会話の途中に、何かが起きた。途切れた通信。その最後に聞こえたのは、爆発音?
「レイラだ」
あのとき、レイラは何も知らずに、うきうきと任務を遂行していた。攻撃魔法の持ち運びができるようになったのは、そう最近のことじゃない。タクトは彼女の恋心をそれと知り、利用したんだ。
「そんなの……ヒトじゃなくて、モノだ」
まるで道具みたいに。
好きな人ができた。今日も話せた。通信機を贈ってもらった。嬉しそうに笑うレイラの姿が、次々と蘇ってくる。
でもその感情は裏切られた。あの男は、ヒトをモノだと思ってる。帝国の軍人はみんなそう。タクトだって例外じゃなかったんだ。
(あたしは、親友を守れなかった)
これはきっと二度目の失望。あたしが帝国にいた頃と同じ絶望。親友は、軍に――タクトに利用されて、切り捨てられたんだ。