鳥籠の中で飛翔せよ
あたしの戦歴は、思った以上に短かった。
改造後の身体に違和感はなかった。試してみると、腕も脚も触手に変えることができるようになっていた。これが改造兵士か、としみじみと思う。
あたしたちはバラバラの隊に配属され、訓練仲間とも別れ別れになった。それでも、あたしの隊には若い「同類」がいた。いかにも優しそうな女の子。くりくりの目であたしを見上げる。
「セリカ先輩、ですね?」
「そうだよ。これから、一緒に戦うんだ」
本当は帝国なんかのために命を懸けるなんていやだった。でも、こんな身体になってしまった以上、拒めば軍に殺されるだけだ。どっちでも結論は同じだ。なら、少しでも長く生きようと思うのは、あたしに残されていた人間としての本能なんだ。
そのとき、隊の拠点が突然騒がしくなった。
「奇襲だ!」
こんなに早く? 理由を考える間もなく、臨戦態勢に入る。触手を鋭く変形させて、肉を切り裂く刃にする。これで相手を殺す。
兵器として人を殺す。あたしが。あたしが――?
「だめです」
後ろからか細い声がした。あたしを先輩と呼んだ、あの子だった。魔術で作られた矢が、震える少女に迫る。
「危ない!」
触手を伸ばして、その子を持ち上げた。そのままあたしの方へ引き寄せる。抱きかかえるようにすると、彼女は言った。
「ごめんなさい、わたし、やっぱり人なんて殺せない!」
ああ、そうだよね。あたしもちょうど、同じことを悟ったところだった。バケモノや爆弾とは違う。無慈悲に誰かの命を奪うなんて、できない。
「あたしもだよ。ねえ――あなただけでも逃げて」
こんなことを言い出すあたしには、やっぱりヒトの心が残っていたんだろう。この子も一緒だ。後ろに集まった兵士は、戦意に溢れる血走った眼をしていた。初めての後輩を地面に降ろす。
「……あたしが時間を稼ぐから!」
触手を伸ばして道を塞ぐ。訓練ではこんなこと、したことがなかった。お互いがお互いを殺す練習ばっかりしてたのに。結局あたしは、兵器にはなれなかった。
「ごめんなさい!」
高い声と足音が遠ざかる。彼女を追う兵士がいないの確認して、あたしは敵に向き直った。
とにかく動きを止めなきゃ。触手を伸ばすと、敵兵がどよめいた。
「なんだこの兵は!」
「魔物? バケモノか?」
違う――あたしはヒトだ。仲間を守りたいと思う、れっきとした人間だ。
「あの子のところには、行かせない!」
敵兵の足を縛ったとき、矢の魔術が飛んできた。視界が真っ赤に染まる。痛い。目がやられた。次に、胸。身体は倒れて、もう動けない。意識が薄れていく。
ああ。ここまでか。あの子、逃げ切れたかな。ここは国境付近だから、うまくすれば捕まるだけで済むかもしれない。他の軍人さん、あたしたちを馬鹿にするかな。死後の世界があるなら、実験棟の先生にもすごく怒られそうだ。レイラには、会えるかな。彼女の前で、堂々として自分を誇れるかな。
(これはきっと、ヒトらしい、死に方だよね……)
自分が人間だということの証明、なんていう、たいそうなものにはならなかったかもしれないけど。
そんなことを考えているあたしは、きっと鳥籠の中でも羽ばたきたかった鳥みたいなものなんだ。
改造後の身体に違和感はなかった。試してみると、腕も脚も触手に変えることができるようになっていた。これが改造兵士か、としみじみと思う。
あたしたちはバラバラの隊に配属され、訓練仲間とも別れ別れになった。それでも、あたしの隊には若い「同類」がいた。いかにも優しそうな女の子。くりくりの目であたしを見上げる。
「セリカ先輩、ですね?」
「そうだよ。これから、一緒に戦うんだ」
本当は帝国なんかのために命を懸けるなんていやだった。でも、こんな身体になってしまった以上、拒めば軍に殺されるだけだ。どっちでも結論は同じだ。なら、少しでも長く生きようと思うのは、あたしに残されていた人間としての本能なんだ。
そのとき、隊の拠点が突然騒がしくなった。
「奇襲だ!」
こんなに早く? 理由を考える間もなく、臨戦態勢に入る。触手を鋭く変形させて、肉を切り裂く刃にする。これで相手を殺す。
兵器として人を殺す。あたしが。あたしが――?
「だめです」
後ろからか細い声がした。あたしを先輩と呼んだ、あの子だった。魔術で作られた矢が、震える少女に迫る。
「危ない!」
触手を伸ばして、その子を持ち上げた。そのままあたしの方へ引き寄せる。抱きかかえるようにすると、彼女は言った。
「ごめんなさい、わたし、やっぱり人なんて殺せない!」
ああ、そうだよね。あたしもちょうど、同じことを悟ったところだった。バケモノや爆弾とは違う。無慈悲に誰かの命を奪うなんて、できない。
「あたしもだよ。ねえ――あなただけでも逃げて」
こんなことを言い出すあたしには、やっぱりヒトの心が残っていたんだろう。この子も一緒だ。後ろに集まった兵士は、戦意に溢れる血走った眼をしていた。初めての後輩を地面に降ろす。
「……あたしが時間を稼ぐから!」
触手を伸ばして道を塞ぐ。訓練ではこんなこと、したことがなかった。お互いがお互いを殺す練習ばっかりしてたのに。結局あたしは、兵器にはなれなかった。
「ごめんなさい!」
高い声と足音が遠ざかる。彼女を追う兵士がいないの確認して、あたしは敵に向き直った。
とにかく動きを止めなきゃ。触手を伸ばすと、敵兵がどよめいた。
「なんだこの兵は!」
「魔物? バケモノか?」
違う――あたしはヒトだ。仲間を守りたいと思う、れっきとした人間だ。
「あの子のところには、行かせない!」
敵兵の足を縛ったとき、矢の魔術が飛んできた。視界が真っ赤に染まる。痛い。目がやられた。次に、胸。身体は倒れて、もう動けない。意識が薄れていく。
ああ。ここまでか。あの子、逃げ切れたかな。ここは国境付近だから、うまくすれば捕まるだけで済むかもしれない。他の軍人さん、あたしたちを馬鹿にするかな。死後の世界があるなら、実験棟の先生にもすごく怒られそうだ。レイラには、会えるかな。彼女の前で、堂々として自分を誇れるかな。
(これはきっと、ヒトらしい、死に方だよね……)
自分が人間だということの証明、なんていう、たいそうなものにはならなかったかもしれないけど。
そんなことを考えているあたしは、きっと鳥籠の中でも羽ばたきたかった鳥みたいなものなんだ。