鳥籠の中で飛翔せよ

 海辺の国で起きた爆破事件は、そのまま帝国との戦争のきっかけになった。各所で同じような爆発があったのだ。レイラは知らず知らずのうちに、引き金を引く役にされてしまっていた。彼女自身も、あの爆発に巻き込まれて――もう戻ってこない。

 あたしたち改造人間には、正式に徴兵がかかった。体のどこからでも触手を使えるようになる、完全な改造方法が確立されたらしい。
 もうそんなことには興味がなかった。あたしは軍の方針に従って、流されるまま動いていた。戦争が本格的に始まって、改造兵士たちにナントカって名前が付けられて、厳しい訓練を受けて。いろいろ痛かったような気もするけど、もうどんな感じだったか思い出せない。
 大切な友達に、絶対にもう会えない。触手を見られたかもしれないときより、ずっと絶望的だった。名目上行方不明ということになっているけど、状況から見て、生き延びてはいないだろう。――打ちのめされたあたしには、他のことは本当にどうでもよくなっていた。
 だってあたしだけが、レイラを止められた。タクトといったか、その人とは関わらない方がいいと、少しでも告げていたら、未来は変わったかもしれなかった。そうすれば今でも彼女は――。
「次。アンデルセン、手術室に来い」
 淡々とした声。適合者に最後の改造をするのはグレイ先輩だ。スライムを人間に移植する研究を完成させたのが彼女だからだ。先輩は流石に手際よく改造手術を終わらせていって、あっという間にあたしの番になった。

「戦場へ赴くことになるんだぞ。覚悟はできているのか」
 グレイ先輩ははっきりと訊いた。いままで聞いたこともないような厳しい口調も、今のあたしには響かない。
「……きっとみんな、戦争で死んじゃいますから」
「人間をやめることになってもか」
「先輩なら、多少の人間性は残してくれますよね?」
「――なにが根拠だ」
 あれだけ研究に夢中になっていたグレイ先輩が、どうしてかあたしの改造を渋っていた。けど、あたしの心はもう決まっている。このひとは意地悪だけど、他人の決意をひっくり返すほど悪人ではない。

「これ、持っていてくれませんか。戦場には着けていけないと思うので」
 オレンジのブレスレットを、先輩に押し付けた。あたしはもう人間ではなくなるけれど、殺し合いの場にこれを持ち込むのだけはいやだった。レイラとお揃いの、あたしたちの友情の証。せめてこれだけは、血塗られないように。

「……わかった」
 先輩は苦々しく頷いた後、「本当にいいのか」と確認してきた。「いいんですよ、もう」と返すあたしの声は、このひとにどう聞こえただろう。
「もう、戻れないんだぞ」
「ずいぶん前に、グレイ先輩、言ってましたよ? 同じこと」
 戻れない。だから諦めろ、と言外に。心当たりがあるのか、先輩は押し黙る。初めてグレイ先輩に口論で勝った。……だからなんだっていうんだろう。親友のレイラはもういない。あたしは兵器になって、彼女を殺した軍に貢献するため戦わなきゃならない。適合者だったから。
 せめて、と思う。先輩が最後の改造を躊躇う理由も、あたしが改造されるのを拒まない理由も、ひとつだ。言葉にしたことはなかったけど、たったひとつだけ、決めていたことがある。
だって、証明すると言った。たとえそこに至らなくても、投げ出そうとは思わない。
「あたしが戦争のための改造兵士になっても、ヒトの心だけは忘れずに持っていきますね」
自分がヒトだと、信じ続けますね。
 だって――もう、あたしにはこれしか残っていないから。
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