鳥籠の中で飛翔せよ
あたしには親友がいる。なんでも話せるはずだった、特別な友人・レイラ。彼女と二人で、今日はショッピングに来たのだ。洋服にぬいぐるみ、そしてかわいいアクセサリー……いろんなものを買って回った。
レイラは艶のある茶髪をポニーテールにした、きりっとした目つきの頭がよさそうな女の子だ。実際、あたしよりずっと頭がいい。でもちょっとだけロマンチストなところがあって、一度思い込むと制御がきかない。
適合者検査にひっかからなかった、いわゆる健全な人間は、レイラのように普通にアカデミアに通っている。スライムの試験なんてもちろん受けていない。つまり、あたしが特例なのだ。
「なんかね、体質が違うんだって。で、その人たちだけで変な授業受けさせられてるの」
「変な授業?」
「うん。でも、毎回寝ちゃってるからよくわかんない」
半分嘘で、半分本当だ。先輩が言うように特別講義の内容は国家機密なのだから、喋ってはいけない。相手が親友でも。
買い物を終えて、大荷物を抱えながら、あたしたちはこの前下見をしたカフェで雑談していた。やがて、マスターがお茶を運んでくる。
届いたアプリコットティーを一口飲むと、喉の奥からふわりと漂う果実の香りに包まれた。ついうっとりといい気分に浸る。
「セリカが寝てるのは特別講義に限った話じゃないよ」
レイラが言葉の指であたしをつっつき、ようやく会話へと口を戻す。
「最近は起きてるよ! そのぶん実験棟で寝てるけど」
少し酷い言い方をされた気もするけど、逆に言えばレイラはそれだけ軽口を叩ける友達なのだ。コクのあるアッサムティーに、まろやかなミルクをたっぷりと注いだそのカップは、まるで彼女そのものだった。
入学を目指して一緒に勉強したレイラは、かつての戦友、昔からの親友だ。入学後もこうやって何度も出かけたり、お茶をしたりしている。
彼女は歴史の研究をしたいと意気込んでいて、今は専攻配属の試験に向けて古代史や英雄譚を勉強しているらしい。レイラはレイラで苦労しているだろうけど、あたしのように大量のスライム課題に振り回されてはいない。その証拠に、彼女の右手首には今日買ったばかりのブレスレットがきらきら光っている。
「セリカも大変だよね。毎日実験なんてさ」
「あんまりだよ。特別なんだか不遇なんだか……」
はぁ、とため息をつき、紅茶に現実逃避する。兵器や軍の話はしてはならない。だから、どんなに疑問でも、軍事研究の愚痴は零せない。
少し間を空けて、しゃらりと素敵な音が鳴る。
「ほんとに可愛いよね、これ」
察したのか、レイラも話題を変えてくれた。オレンジ色が輝く、ビーズのブレスレット。レイラの右手にあるそれを、あたしは左手首につけていた。お揃いだ。
「この鳥のチャームはすっごくいいなって思う」
「言えてる。なんだか飛んでいけそうじゃない? 課題をほっぽってこんなところで羽根を伸ばしてるセリカは特にね」
夢見がちな空想の後に、余計なひとこと。相手がレイラじゃなかったら許してなかったと思う。
「そりゃまあ、普段から籠の中にいれば、大空という夢の青さも忘れますわ」
不満気に還した言葉は、裏腹に明るい。
(だって、こうしていられるうちは、あたしはまだ人間だ。人間なんだ)
「籠だなんて! セリカも大げさ!」
「でも、レイラも忙しいんでしょ?」
「まあね。来年になるまでには、いつの時代のどの地域を研究するかとか決めなきゃいけないの。たぶんドゥサージュ王国にはすると思うんだけど」
「レイラはほんとに歴史が好きだね」
歴史上の英雄を研究してその良さを広めたい――レイラはそんな夢を持つ、あたしと違って芯のある女の子だ。はっきりと自分の目標を言える、そんなしっかりした子だ。あたしは、日々をそれなりに楽しく生きていければそれでいいタイプだった。だからレイラがとても眩しく見える。
たとえばケーキやショッピングのような、毎日の喜び。それを受け取る自分が、国家機密の兵器やらバケモノやら――そういう異常なものかもしれない。そう思うのが一番嫌だった。いつものささやかな楽しみが、色をなくしていくようだった。それじゃあ、あたしは生きているといえるのか。
(グレイ先輩は、そういうのどうでもいいのかな)
自分が人間じゃなくて、他のみんなと違う兵器かもしれないということ。命を奪う戦争のために、生物兵器の実験をしていること。
(そんなあたしが、レイラや他のみんなと同じ毎日を過ごしていいのかな)
――国家機密だ。
先輩が刺してきた釘が、こころの内側であたしを抉る。考えたくなくても、湧き出てくる疑問は止まらない。
「セリカ? どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもないの」
こんな誤魔化しが、いつまで通じるだろうか。あたしは冷めたお茶を飲み干して、心のかさぶたを潤すのだった。
レイラは艶のある茶髪をポニーテールにした、きりっとした目つきの頭がよさそうな女の子だ。実際、あたしよりずっと頭がいい。でもちょっとだけロマンチストなところがあって、一度思い込むと制御がきかない。
適合者検査にひっかからなかった、いわゆる健全な人間は、レイラのように普通にアカデミアに通っている。スライムの試験なんてもちろん受けていない。つまり、あたしが特例なのだ。
「なんかね、体質が違うんだって。で、その人たちだけで変な授業受けさせられてるの」
「変な授業?」
「うん。でも、毎回寝ちゃってるからよくわかんない」
半分嘘で、半分本当だ。先輩が言うように特別講義の内容は国家機密なのだから、喋ってはいけない。相手が親友でも。
買い物を終えて、大荷物を抱えながら、あたしたちはこの前下見をしたカフェで雑談していた。やがて、マスターがお茶を運んでくる。
届いたアプリコットティーを一口飲むと、喉の奥からふわりと漂う果実の香りに包まれた。ついうっとりといい気分に浸る。
「セリカが寝てるのは特別講義に限った話じゃないよ」
レイラが言葉の指であたしをつっつき、ようやく会話へと口を戻す。
「最近は起きてるよ! そのぶん実験棟で寝てるけど」
少し酷い言い方をされた気もするけど、逆に言えばレイラはそれだけ軽口を叩ける友達なのだ。コクのあるアッサムティーに、まろやかなミルクをたっぷりと注いだそのカップは、まるで彼女そのものだった。
入学を目指して一緒に勉強したレイラは、かつての戦友、昔からの親友だ。入学後もこうやって何度も出かけたり、お茶をしたりしている。
彼女は歴史の研究をしたいと意気込んでいて、今は専攻配属の試験に向けて古代史や英雄譚を勉強しているらしい。レイラはレイラで苦労しているだろうけど、あたしのように大量のスライム課題に振り回されてはいない。その証拠に、彼女の右手首には今日買ったばかりのブレスレットがきらきら光っている。
「セリカも大変だよね。毎日実験なんてさ」
「あんまりだよ。特別なんだか不遇なんだか……」
はぁ、とため息をつき、紅茶に現実逃避する。兵器や軍の話はしてはならない。だから、どんなに疑問でも、軍事研究の愚痴は零せない。
少し間を空けて、しゃらりと素敵な音が鳴る。
「ほんとに可愛いよね、これ」
察したのか、レイラも話題を変えてくれた。オレンジ色が輝く、ビーズのブレスレット。レイラの右手にあるそれを、あたしは左手首につけていた。お揃いだ。
「この鳥のチャームはすっごくいいなって思う」
「言えてる。なんだか飛んでいけそうじゃない? 課題をほっぽってこんなところで羽根を伸ばしてるセリカは特にね」
夢見がちな空想の後に、余計なひとこと。相手がレイラじゃなかったら許してなかったと思う。
「そりゃまあ、普段から籠の中にいれば、大空という夢の青さも忘れますわ」
不満気に還した言葉は、裏腹に明るい。
(だって、こうしていられるうちは、あたしはまだ人間だ。人間なんだ)
「籠だなんて! セリカも大げさ!」
「でも、レイラも忙しいんでしょ?」
「まあね。来年になるまでには、いつの時代のどの地域を研究するかとか決めなきゃいけないの。たぶんドゥサージュ王国にはすると思うんだけど」
「レイラはほんとに歴史が好きだね」
歴史上の英雄を研究してその良さを広めたい――レイラはそんな夢を持つ、あたしと違って芯のある女の子だ。はっきりと自分の目標を言える、そんなしっかりした子だ。あたしは、日々をそれなりに楽しく生きていければそれでいいタイプだった。だからレイラがとても眩しく見える。
たとえばケーキやショッピングのような、毎日の喜び。それを受け取る自分が、国家機密の兵器やらバケモノやら――そういう異常なものかもしれない。そう思うのが一番嫌だった。いつものささやかな楽しみが、色をなくしていくようだった。それじゃあ、あたしは生きているといえるのか。
(グレイ先輩は、そういうのどうでもいいのかな)
自分が人間じゃなくて、他のみんなと違う兵器かもしれないということ。命を奪う戦争のために、生物兵器の実験をしていること。
(そんなあたしが、レイラや他のみんなと同じ毎日を過ごしていいのかな)
――国家機密だ。
先輩が刺してきた釘が、こころの内側であたしを抉る。考えたくなくても、湧き出てくる疑問は止まらない。
「セリカ? どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもないの」
こんな誤魔化しが、いつまで通じるだろうか。あたしは冷めたお茶を飲み干して、心のかさぶたを潤すのだった。