鳥籠の中で飛翔せよ

 あたしは訓練帰りに先輩の部屋へ寄った。訓練というのは、簡単に言うと戦争の練習だ。魔獣と戦わされたり、スライムの触手をより効率的に操る魔法の練習をさせられたりしていた。
「本格的になってきましたね」
 あたしの手には、最新型の通信機があった。特別な鉱石に魔法が刻まれているもので、一度他の石と共鳴させれば、遠くにいてもその持ち主と話すことができる。本来だったら、あたしなんかが自力で買えるはずのない便利アイテムだ。なぜそんなものを持っているかというと。
「軍が動き出したからな。適合者が本格的に改造兵士になるときがきた」
 ――帝国軍に支給されたからだった。
 アカデミアに軍が介入してから、あたしたちの生活は大幅に変わった。実験は訓練になり、あたしがグレイ先輩の実験室で過ごす時間も随分短くなった。ただ、部屋の主は事情が違った。
「たしか先輩は、戦場じゃなくて研究所に行くんでしょう? 先生から聞きましたよ」
 この分野の研究でたくさんの成果を出したグレイ先輩は、このまま研究者として帝国軍に入ることになっていた。スライム移植の第一人者が実験中の事故で亡くなったこととも関係あるんだろう。埋め合わせってやつだ。とにかく先輩は、これかられっきとした軍の研究員になる。その証拠に、先輩の持つ通信石には、普通と違う赤い印が刻まれている。きっと、特別な軍人さんと通話するためのものだ。

 通信石といえば。あたしはその石を介して、レイラと会話できるようになっていた。彼女も普通の学生で、あの特別な道具を手にできるほど裕福ではなかったはずなのに、だ。
 ――タクト様がね、私にくれたの。
 あたしは手中のそれを見つめた。親友の持つ石と同じ型、同じ印。間違いなく、あたしもレイラも通信機を持っている。彼女の言う通りなら、軍人が一般人にそれを贈ったことになる。
(軍として? それともひとりの人間として?)
 そのタクト様とかいう人が、レイラのことをどう思っているのかわからないけれど。

 そもそも、タクトとはどういうひとなんだろう。レイラの相手としてのタクトは彼女から聞いたぶん想像はつく。けれど、軍人としての姿はどうだろう。軍と繋がっているグレイ先輩なら、噂くらいは聞いたことがあるんじゃないだろうか。
「先輩。帝国軍のタクトさんってひと、知ってますか?」
「……」
 思わぬ問いだったのか、珍しく先輩の返事が遅かった。
「そうだな、なかなか有名だ。……あの男は、軍でも政治でも成果を残している。近いうちにまた功績を挙げれば、昇進して軍全体の指揮を執ることになっている」
 トップになるかもしれない、国の重要人物。そんな人が、レイラと二人で話したりしてるの?
「そんなすごいひとなんですか?」
「なんだ、帝国軍の構成員に興味があるのか?」
「まあ、少しは」
 親友の恋の相手だ。気にならないはずがない。先輩が続ける。
「待っていれば、お前が会う機会もあるだろう。そのうち、兵器として軍に集められるのだから」
「そうですね」
 まったく、このひとは本当にいやなことを思い出させてくれる。もちろん、彼女の言うことは現実で、逃れようのないことだというのはわかっているけれど。
 ――軍人。そういう世界のひと。レイラまで、その世界に近くなってしまった。いつかくる戦いのとき。あたしは唇を噛む。争いという煙がすべてを巻き込んでいくのを、見ていることしかできないなんて。
 オレンジの触手を操って、あたしの頭をなでてみる。自分の一部になだめられても、気分はまったく晴れなかった。
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