鳥籠の中で飛翔せよ

 ――結論から言うと、平和というのは錯覚で、実際には鳥籠の中が少し広くなっただけだった。
 特別講義を受けている適合者たちだけにわかる、日々の違和感。最近のアカデミアは、なんだかきな臭い。
「あの、先輩。軍服の人、最近増えてませんか?」
「アカデミアを視察に来ているのだろう。私たちの研究とも関与している」
「なんか見張られてるみたいで嫌です」
 そう、あたしたちは元々軍事研究をしていたんだった。軍の人がそれを見に来るのは当然だ。それにしても数が多すぎると思う。見られる側としてはうんざりだ。
「まあ、いい気はしないな」
 珍しく先輩が個人的な感情を零した。もしかしたら、実験棟にいるひとたちはみんな同じ意見なのかもしれない。
「あたしもです」
 ずっと胸の奥にあった黒い雲が、この街の上に広がっていく気がしていた。


 さて、今日のあたしはというと。お気に入りのワンピースに色とりどりのアクセサリーで、それなりに着飾っていた。今夜はディナーついでに「光る樹」を見に行くのだ。
「グレイ先輩は、見に……行かないですよね。綺麗なのに」
 レイラの持つロマンの類が、目の前の先輩には欠片もない。というのは、流石にあたしもわかっている。
「原理は解明されている。枝に点在している花の芽が、遥か上空の龍の移動に反応して――」
「そういうことじゃないです」
 せっかくヘルミトの市街地が色めき立つ季節なのに、先輩の予定はやはり実験漬けらしい。もったいない。でも、このひとのことだから仕方ないような気もしてきた。
「じゃあ、あたし待ち合わせなんで。行ってきますね」
 せっかくなので、先輩のぶんまで楽しんでこよう。颯爽と、散らかった実験室を後にした。

 名物の並木道は人で溢れていた。あたしとレイラはオレンジのブレスレットを目印にして、離れないようにしていた。そろそろ日没だ。
「ほら、もうすぐ。陽が沈みきれば、光るよ」
 真っ暗な夜になってしまえば、木の枝は目立たない。そこに見えるのは、宙に浮いたような光の粒だけだ。
 世界が照らされる。わあ、と、誰かの素直な歓声が重なる。無数の光がそこにあった。
「星が空から落ちて来る途中に、時間が止まったみたい」
 レイラはうっとりと呟いた。彼女らしい、夢の中のような表現だ。
 あたしも光を見つめて辺りを見回す。と、そのとき、場にそぐわないものを見つけてしまった。
(あの服は)
 軍服だ。任務中の軍人が、なぜかここにいる。ただの警備や捜索とは違う様子の、鋭い剣幕だ。
(このイベント、軍の見回りなんていらなさそうだけど)
 右手首のリストバンドが、嫌でも思い出される。帝国軍の存在は、光で満ちる並木道に暗い影を落としていた。
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