鳥籠の中で飛翔せよ
あのコウモリ事件が無事に片付いてから、あたしは堂々とお出かけするようになった。少なくとも今、自分は人間だ。と自信を持てたからだと思う。
秘密は守る、誰も傷つけない。それさえ気を付ければ、黒のリストバンドもファッションのワンポイントに変わる。
そんなわけで、あたしはレイラと街に出て、いつものカフェに行ったのだった。
「お待たせいたしました、こちらティラミスになります」
ついに来た、このお店の新作ケーキ。ふわふわしたクリームに包まれて、小鳥のマークがついた深めの器に収まっている。
「ねえレイラ、早く食べよう!」
ティラミスの表面をスプーンですくって、口に入れる。まろやかな甘さと、ほろっとした香りが合わさって、舌の上で溶けあった。
「泡みたいにふんわりしてる!」
「それ! 泡みたい! こんなティラミスはじめて」
味だけを残して、心地のいい触感のまま消えていく。あたしたちのテンションを挙げてくれる新感覚。それでいて、落ち着かせてくれるやわらかさ。買い物帰りによく寄る、癒しのカフェらしい味だった。
「――ってわけで、あのティラミス、とっても美味しかったんですよ! ……グレイ先輩? 聞いてるんですか?」
今はグレイ先輩の机と道具を借りて、スライム強化の魔法実験に取り組んでいた。サボった課題を終わらせるためだ。紙の表に結果を書き込む間は口が暇なので、先輩との世間話が続いていた。
「聞いてはいる。私にその味を勧めているのか?」
あたしが持ち込んでそのままにしていた寝袋は、今やこのひとの寝床になっていた。思ったよりちゃっかりしている。
「もちろんですよ! 先輩だって、人形でも怪物でもないんですから、ケーキくらい食べにいってもいいんです」
あたしがお出かけを楽しむのがアリなら、このひとがそうするのもアリだ。と、振り返って、グレイ先輩を見る。――この格好は、ナシかも。
「でも、行くなら白衣以外にしてくださいね。せめて着るものと髪をしっかりして」
最近あたしは、グレイ先輩は実は美人なのではないかと疑っている。髪のセットとか眼鏡とか、そういうところを整えたらかなり、「映える」ような。――ただし、肝心の本人が興味を持たない以上、この計画は実現しないだろう。せめて、身だしなみくらいは口うるさく指摘することにしよう。そこをなんとかするだけで、きっとこの人は見違える。
「髪を乾かすときはブラシくらい使ってください」
「乾けばどうだっていいだろう」
「そういうとこです。そこをちゃんとすれば、先輩は絶対印象変わりますってば」
みたいな具合だ。あたしの勘は恐らく間違っていない。オシャレ女子には、美女の気配が分かるのだ。
課題はもちろん大変だけど、今では割り切って実験に向かうようになっている。事故のないよう丁寧に。奪う命には、せめて弔いを。そんなあたしに、先輩も文句を言わなくなった。つまり、いろんなことが少しずつ、いい方に進みつつあった。
たとえはっきりした夢を持たなかったあたしでも、友達とお出かけして、帰りにケーキを食べるような、「それなりの楽しみ」を受け取ることはできる。けれど、いまのあたしから見たら、それは「それなり」以上の幸福なのだ。そんな日々を送ってもいいのだと、あたしはヒトなのだと、自分で自分を認められた。
――このまま、ふんわりとした時間がずっと続けばいいのに。
そう願わずにはいられない、束の間の平和だった。
秘密は守る、誰も傷つけない。それさえ気を付ければ、黒のリストバンドもファッションのワンポイントに変わる。
そんなわけで、あたしはレイラと街に出て、いつものカフェに行ったのだった。
「お待たせいたしました、こちらティラミスになります」
ついに来た、このお店の新作ケーキ。ふわふわしたクリームに包まれて、小鳥のマークがついた深めの器に収まっている。
「ねえレイラ、早く食べよう!」
ティラミスの表面をスプーンですくって、口に入れる。まろやかな甘さと、ほろっとした香りが合わさって、舌の上で溶けあった。
「泡みたいにふんわりしてる!」
「それ! 泡みたい! こんなティラミスはじめて」
味だけを残して、心地のいい触感のまま消えていく。あたしたちのテンションを挙げてくれる新感覚。それでいて、落ち着かせてくれるやわらかさ。買い物帰りによく寄る、癒しのカフェらしい味だった。
「――ってわけで、あのティラミス、とっても美味しかったんですよ! ……グレイ先輩? 聞いてるんですか?」
今はグレイ先輩の机と道具を借りて、スライム強化の魔法実験に取り組んでいた。サボった課題を終わらせるためだ。紙の表に結果を書き込む間は口が暇なので、先輩との世間話が続いていた。
「聞いてはいる。私にその味を勧めているのか?」
あたしが持ち込んでそのままにしていた寝袋は、今やこのひとの寝床になっていた。思ったよりちゃっかりしている。
「もちろんですよ! 先輩だって、人形でも怪物でもないんですから、ケーキくらい食べにいってもいいんです」
あたしがお出かけを楽しむのがアリなら、このひとがそうするのもアリだ。と、振り返って、グレイ先輩を見る。――この格好は、ナシかも。
「でも、行くなら白衣以外にしてくださいね。せめて着るものと髪をしっかりして」
最近あたしは、グレイ先輩は実は美人なのではないかと疑っている。髪のセットとか眼鏡とか、そういうところを整えたらかなり、「映える」ような。――ただし、肝心の本人が興味を持たない以上、この計画は実現しないだろう。せめて、身だしなみくらいは口うるさく指摘することにしよう。そこをなんとかするだけで、きっとこの人は見違える。
「髪を乾かすときはブラシくらい使ってください」
「乾けばどうだっていいだろう」
「そういうとこです。そこをちゃんとすれば、先輩は絶対印象変わりますってば」
みたいな具合だ。あたしの勘は恐らく間違っていない。オシャレ女子には、美女の気配が分かるのだ。
課題はもちろん大変だけど、今では割り切って実験に向かうようになっている。事故のないよう丁寧に。奪う命には、せめて弔いを。そんなあたしに、先輩も文句を言わなくなった。つまり、いろんなことが少しずつ、いい方に進みつつあった。
たとえはっきりした夢を持たなかったあたしでも、友達とお出かけして、帰りにケーキを食べるような、「それなりの楽しみ」を受け取ることはできる。けれど、いまのあたしから見たら、それは「それなり」以上の幸福なのだ。そんな日々を送ってもいいのだと、あたしはヒトなのだと、自分で自分を認められた。
――このまま、ふんわりとした時間がずっと続けばいいのに。
そう願わずにはいられない、束の間の平和だった。