鳥籠の中で飛翔せよ
「セリカ、そろそろ休憩しない?」
「だね! あそこのカフェ、新作出たっていうし」
「本当!? 行こう!」
あたしはレイラと恒例のショッピングを楽しんでいた。両腕に荷物を抱えて、いつものカフェで一休み。。
ミルクティーと新作ケーキを注文する。すぐにレイラが目を輝かせて語りだす。ああ、あたしはこの子と仲直りしたんだ。と、確信したところで――目が覚めた。
実験棟は、まるで鳥籠だ。この暮らしを始めてから、どれくらい経っただろう。十数日は経っているはずだ。まだ短いような、すごく長いような。
最近、レイラの夢をよく見る。それがいい夢なのかいやな夢なのか、あたしにはわからない。ひとつ確実なのは、あれは夢であって、元通りの仲直りは現実ではない、ということだ。
(本当のあたしと、あの子は……)
あたしはそこで、考えるのをやめた。
時間の感覚も失いかけていたある日。昼下がり、部屋の空気を入れ替えようとしたとき、心臓が止まりそうになった。窓の外、見下ろした先の後ろ姿。おしゃれにアレンジしたポニーテールと、大きくて白いバッグには見覚えがあった。
――レイラ?
なんでこんなところに。実験棟は山の上にある。あたしみたいじゃない、いわゆるフツウの学生は、ここに来る用事なんてないはずだ。
茶髪の女の子は、一瞬だけ実験棟を振り返った。その人は、レイラとは全然ちがう顔をしていた。
(人違い、か……)
あたしはまずほっとした。次に、そんな自分がいやになった。出かかったため息を隠す。通りすがりだった知らない人を目線で見送って、開けかけた窓をそっと閉めた。
その日の実験結果は散々だった。簡単な魔法陣の構成も間違えて、実験動物には三回も嚙まれた。グレイ先輩が追い打ちをかける。
「調子が悪そうだな」
「ほっといてください」
「本当にそれでいいのか」
「何がですか」
「……いや、いい」
事実、調子は悪かった。だからこそ腹が立つ。レイラのことばかり考えていれば、作業がおろそかになるのは当然だ。描きかけの魔法陣を放って、頬杖。よく見たら、術式の組み方も魔法陣の描き方も間違っている。さっきの先輩は、こんなあたしを見かねて声をかけてくれたのかもしれない。歯切れも悪いし、優しい言葉ではなかったけど。
こんなにミスが多いのは、単純な調子の問題じゃない。集中力の問題でもない。――本当にするべきなのは、こんなことじゃない。
事件の日から、ずっと逃げ続けていた。本当はわかってる。あたしは、置いてきた親友と向き合わなきゃならない。レイラがあのあとどうなったのか。あの子はバケモノだったあたしをきっと見ていた。あたしの触手を見て、レイラはどう思っただろうか。そもそも、彼女は生きているのか。
――怖い。真実を知るのが。
国家機密を目撃したから殺された? 生き残って、バケモノのあたしを避けている? どっちだっていやだ。そして、もし生きていなかったとしたら、それはあたしのせいだ。あんなことがなければ、あたしと彼女は、今でも友達を続けていただろうに。
(あたし、どんな顔してレイラに会えばいいの)
沈黙しても言葉は出ない。明かりの消えない実験室では、朝も夜も関係ない。気づけば空の端は夕焼けに染まっていた。山の間に沈んでいく太陽が、まるで泣いているように見えた。
「だね! あそこのカフェ、新作出たっていうし」
「本当!? 行こう!」
あたしはレイラと恒例のショッピングを楽しんでいた。両腕に荷物を抱えて、いつものカフェで一休み。。
ミルクティーと新作ケーキを注文する。すぐにレイラが目を輝かせて語りだす。ああ、あたしはこの子と仲直りしたんだ。と、確信したところで――目が覚めた。
実験棟は、まるで鳥籠だ。この暮らしを始めてから、どれくらい経っただろう。十数日は経っているはずだ。まだ短いような、すごく長いような。
最近、レイラの夢をよく見る。それがいい夢なのかいやな夢なのか、あたしにはわからない。ひとつ確実なのは、あれは夢であって、元通りの仲直りは現実ではない、ということだ。
(本当のあたしと、あの子は……)
あたしはそこで、考えるのをやめた。
時間の感覚も失いかけていたある日。昼下がり、部屋の空気を入れ替えようとしたとき、心臓が止まりそうになった。窓の外、見下ろした先の後ろ姿。おしゃれにアレンジしたポニーテールと、大きくて白いバッグには見覚えがあった。
――レイラ?
なんでこんなところに。実験棟は山の上にある。あたしみたいじゃない、いわゆるフツウの学生は、ここに来る用事なんてないはずだ。
茶髪の女の子は、一瞬だけ実験棟を振り返った。その人は、レイラとは全然ちがう顔をしていた。
(人違い、か……)
あたしはまずほっとした。次に、そんな自分がいやになった。出かかったため息を隠す。通りすがりだった知らない人を目線で見送って、開けかけた窓をそっと閉めた。
その日の実験結果は散々だった。簡単な魔法陣の構成も間違えて、実験動物には三回も嚙まれた。グレイ先輩が追い打ちをかける。
「調子が悪そうだな」
「ほっといてください」
「本当にそれでいいのか」
「何がですか」
「……いや、いい」
事実、調子は悪かった。だからこそ腹が立つ。レイラのことばかり考えていれば、作業がおろそかになるのは当然だ。描きかけの魔法陣を放って、頬杖。よく見たら、術式の組み方も魔法陣の描き方も間違っている。さっきの先輩は、こんなあたしを見かねて声をかけてくれたのかもしれない。歯切れも悪いし、優しい言葉ではなかったけど。
こんなにミスが多いのは、単純な調子の問題じゃない。集中力の問題でもない。――本当にするべきなのは、こんなことじゃない。
事件の日から、ずっと逃げ続けていた。本当はわかってる。あたしは、置いてきた親友と向き合わなきゃならない。レイラがあのあとどうなったのか。あの子はバケモノだったあたしをきっと見ていた。あたしの触手を見て、レイラはどう思っただろうか。そもそも、彼女は生きているのか。
――怖い。真実を知るのが。
国家機密を目撃したから殺された? 生き残って、バケモノのあたしを避けている? どっちだっていやだ。そして、もし生きていなかったとしたら、それはあたしのせいだ。あんなことがなければ、あたしと彼女は、今でも友達を続けていただろうに。
(あたし、どんな顔してレイラに会えばいいの)
沈黙しても言葉は出ない。明かりの消えない実験室では、朝も夜も関係ない。気づけば空の端は夕焼けに染まっていた。山の間に沈んでいく太陽が、まるで泣いているように見えた。