鳥籠の中で飛翔せよ
それから、あたしの生活は一転した。
まず、先輩の実験室で暮らすようになった。寝袋を持ち込んで、食材を買い込み、狭くはない部屋の一画を借りることにした。どうせあたしは人間には戻れない。ブレスレットだけは、壊れたまま机の上に置いておいた。
グレイ先輩は気にしていなかった。もともと実験室に住んでいるようなひとだ。前に聞いてみたら、「一人も二人も同じだ」みたいなことを言われた。
まさかの共同生活。先輩の料理は……オブラートに包んで言えば、面白みがない。ので、あたしが食事を作っては持っていった。実験棟の四階にはシャワー室のほかに台所がある。きっとこれは、泊まり込みで実験をする人のためのものだ。それがわかるくらいには、あたしはすっかり実験棟の住人になってしまった。先輩とは違って、せめておしゃれはするように気をつけてはいるけど。
そんなあたしが先輩の部屋で何をしていたかというと、ひたすら特別講義のスライム課題に打ち込んでいた。必要なら、どんなに嫌いな参考文献も読んだ。それしかすることがなかったからだ。小さな生き物たちの命を、いくつも犠牲にした。それしかできることがなかったからだ。
そう、どうせあたしは軍特製の改造人間候補であって、本物のヒトではない。偽物じみたヒトの生活を続けたって、何かを証明できるわけじゃない。
あたしは自分で掲げた夢をすっかり諦めてしまっていた。レイラの怯えたような顔が、あたしの嘘を暴いて、ヒトではいられなくなってしまった。
ああ。帝国の意図が少しだけわかった。そりゃあだれも秘密を洩らさないわけだ。だって、このことを話したら、自分がバケモノだと思われるんだもの。
「先輩、治癒術の媒介ってどこにあります?」
ここはグレイ先輩の根城だから、わからないことは全部先輩に聞いた。この部屋で暮らし始めてからまだ数日。ごちゃごちゃしている一室のどこに何があるのか、あたしにはまるでわからなかった。
「奥の棚、二段目のどこかだ」
先輩は視線をくれない。でも聞いたことはちゃんと答えてくれる。ただ、ちょっとその説明は雑じゃないかな。
「はーい」
言われた通りの場所を漁ると、印を刻んだ鉱石、つまり目的のものが見つかった。あたしは媒介を取り出して、さっきまで傷だらけだった実験動物たちを治すことにした。もちろん、この子たちは再利用される。慣れてしまえば、あのおぞましささえ感じなくなった。
「アンデルセン、少し手際がよくなったんじゃないか?」
「少し、は余計です。これだけやってれば器用にもなりますって」
魔獣を解剖しながら、先輩と会話できるようになったくらいだ。あたしがこんなにも変わったのに、グレイ先輩の態度はいつもの調子のままだ。
こうして実験だらけの日々が続いた。あたしは実験以外も、自分の住むスペースを整理したり、料理を作ったり、とにかく生活をなにかの動作で埋めていた。理由は簡単だ――何かに没頭していれば、レイラのことを考えずにすむから。
まず、先輩の実験室で暮らすようになった。寝袋を持ち込んで、食材を買い込み、狭くはない部屋の一画を借りることにした。どうせあたしは人間には戻れない。ブレスレットだけは、壊れたまま机の上に置いておいた。
グレイ先輩は気にしていなかった。もともと実験室に住んでいるようなひとだ。前に聞いてみたら、「一人も二人も同じだ」みたいなことを言われた。
まさかの共同生活。先輩の料理は……オブラートに包んで言えば、面白みがない。ので、あたしが食事を作っては持っていった。実験棟の四階にはシャワー室のほかに台所がある。きっとこれは、泊まり込みで実験をする人のためのものだ。それがわかるくらいには、あたしはすっかり実験棟の住人になってしまった。先輩とは違って、せめておしゃれはするように気をつけてはいるけど。
そんなあたしが先輩の部屋で何をしていたかというと、ひたすら特別講義のスライム課題に打ち込んでいた。必要なら、どんなに嫌いな参考文献も読んだ。それしかすることがなかったからだ。小さな生き物たちの命を、いくつも犠牲にした。それしかできることがなかったからだ。
そう、どうせあたしは軍特製の改造人間候補であって、本物のヒトではない。偽物じみたヒトの生活を続けたって、何かを証明できるわけじゃない。
あたしは自分で掲げた夢をすっかり諦めてしまっていた。レイラの怯えたような顔が、あたしの嘘を暴いて、ヒトではいられなくなってしまった。
ああ。帝国の意図が少しだけわかった。そりゃあだれも秘密を洩らさないわけだ。だって、このことを話したら、自分がバケモノだと思われるんだもの。
「先輩、治癒術の媒介ってどこにあります?」
ここはグレイ先輩の根城だから、わからないことは全部先輩に聞いた。この部屋で暮らし始めてからまだ数日。ごちゃごちゃしている一室のどこに何があるのか、あたしにはまるでわからなかった。
「奥の棚、二段目のどこかだ」
先輩は視線をくれない。でも聞いたことはちゃんと答えてくれる。ただ、ちょっとその説明は雑じゃないかな。
「はーい」
言われた通りの場所を漁ると、印を刻んだ鉱石、つまり目的のものが見つかった。あたしは媒介を取り出して、さっきまで傷だらけだった実験動物たちを治すことにした。もちろん、この子たちは再利用される。慣れてしまえば、あのおぞましささえ感じなくなった。
「アンデルセン、少し手際がよくなったんじゃないか?」
「少し、は余計です。これだけやってれば器用にもなりますって」
魔獣を解剖しながら、先輩と会話できるようになったくらいだ。あたしがこんなにも変わったのに、グレイ先輩の態度はいつもの調子のままだ。
こうして実験だらけの日々が続いた。あたしは実験以外も、自分の住むスペースを整理したり、料理を作ったり、とにかく生活をなにかの動作で埋めていた。理由は簡単だ――何かに没頭していれば、レイラのことを考えずにすむから。