Order of Border
「あんた、魔法も使うんだな」
「当たり前だ。魔法はこの世界のれっきとした原始技術だ。これをさらなる人工技術の発展に応用するのが魔科学。知らなかったのか」
「わかってるけどさ。なんか、新鮮で」
クロエの知っている前世界の「研究」と帝国のそれとでは、やっていることが同じようで違う。サキひとりを追うだけで、目新しいものはいくつも出てくるのだ。彼女はというと男の感慨より自分の役目が大事らしく、万年筆を片手に紙面に向き直ろうとする。大雑把な研究者の動きを、不死者は遮った。
「ところで、こんなの見つけたんだが、」
クロエは真剣な目つきで、数枚の書類を突きつける。
「スライムを埋め込んだ改造兵器――通称『イェーガー』の自己修復作用について」
読み上げた内容は、サキの研究についての詳細だ。イェーガーと呼ばれる改造人間たち。彼らが失った細胞は、移植されたスライムによって即座に補完される。結果損傷したイェーガーらは、迅速な回復が可能である――。
「これ、あんたがやってる改造のことだな?」
「勝手に部屋を漁るな」
「野放しにしとくあんたが悪い。それでさ――あんたもスライムになるのか」
ふたりきりの空間で、必要もないのに潜めた声は、さざ波のように揺れながらサキに届いた。対して彼女は科学者の顔で、当然のように返事をする。
「身体が大きく欠損すれば、スライムによって埋め合わせされるだろうな。なんだ、お前、そんなことを気にしていたのか。……そうだ、」
書類と筆記具から手を離し、女はゆっくりと立ち上がる。
「ちょうどいい。お前にひとつ聞いてみようか」
くるりと向きを変えると、サキはじっとクロエを見つめた。無言の圧力に抗えず後ずさりすると、背中には壁。灰色の壁紙、不死者の首の横にだん、と手をついて、眼鏡の女は距離を縮めてくる。ぎゅっと絞られる視点の中心、青黒い瞳孔に吸い込まれるようだ。
「たとえばいまお前が私の肉体を破壊して、その結果私の体中の細胞がすべてスライムに置き換わったとしよう。全身がスライムに成り代わった私――それは果たして私自身と呼べると思うか?」
壁と腕、そしてサキの身体がまるで檻のようにクロエを捕らえる。
「どうだろう、な」
結論を出せず、乾ききった声は響かないまま消える。クロエの混乱をじっくり眺めると、やがてサキは悪戯に目を細めた。
「冗談だ」
まるで決め台詞のように抑揚をつけて言い、不死者を壁から解放する。つまり、クロエは不意打ちを食らったのだった。呆気に取られながらも「ジョークにしては目が本気だった」と言い訳じみた不満を零す。それから「いきなりそんなことを聞くな」とも反論したが、サキはあっさりと聞き流すのだった。
「当たり前だ。魔法はこの世界のれっきとした原始技術だ。これをさらなる人工技術の発展に応用するのが魔科学。知らなかったのか」
「わかってるけどさ。なんか、新鮮で」
クロエの知っている前世界の「研究」と帝国のそれとでは、やっていることが同じようで違う。サキひとりを追うだけで、目新しいものはいくつも出てくるのだ。彼女はというと男の感慨より自分の役目が大事らしく、万年筆を片手に紙面に向き直ろうとする。大雑把な研究者の動きを、不死者は遮った。
「ところで、こんなの見つけたんだが、」
クロエは真剣な目つきで、数枚の書類を突きつける。
「スライムを埋め込んだ改造兵器――通称『イェーガー』の自己修復作用について」
読み上げた内容は、サキの研究についての詳細だ。イェーガーと呼ばれる改造人間たち。彼らが失った細胞は、移植されたスライムによって即座に補完される。結果損傷したイェーガーらは、迅速な回復が可能である――。
「これ、あんたがやってる改造のことだな?」
「勝手に部屋を漁るな」
「野放しにしとくあんたが悪い。それでさ――あんたもスライムになるのか」
ふたりきりの空間で、必要もないのに潜めた声は、さざ波のように揺れながらサキに届いた。対して彼女は科学者の顔で、当然のように返事をする。
「身体が大きく欠損すれば、スライムによって埋め合わせされるだろうな。なんだ、お前、そんなことを気にしていたのか。……そうだ、」
書類と筆記具から手を離し、女はゆっくりと立ち上がる。
「ちょうどいい。お前にひとつ聞いてみようか」
くるりと向きを変えると、サキはじっとクロエを見つめた。無言の圧力に抗えず後ずさりすると、背中には壁。灰色の壁紙、不死者の首の横にだん、と手をついて、眼鏡の女は距離を縮めてくる。ぎゅっと絞られる視点の中心、青黒い瞳孔に吸い込まれるようだ。
「たとえばいまお前が私の肉体を破壊して、その結果私の体中の細胞がすべてスライムに置き換わったとしよう。全身がスライムに成り代わった私――それは果たして私自身と呼べると思うか?」
壁と腕、そしてサキの身体がまるで檻のようにクロエを捕らえる。
「どうだろう、な」
結論を出せず、乾ききった声は響かないまま消える。クロエの混乱をじっくり眺めると、やがてサキは悪戯に目を細めた。
「冗談だ」
まるで決め台詞のように抑揚をつけて言い、不死者を壁から解放する。つまり、クロエは不意打ちを食らったのだった。呆気に取られながらも「ジョークにしては目が本気だった」と言い訳じみた不満を零す。それから「いきなりそんなことを聞くな」とも反論したが、サキはあっさりと聞き流すのだった。