Order of Border

 サキが部屋を空けているとき、クロエは特殊な繊維を用いた枷で繋がれている。不死者の脱出劇が容易でないのはそのせいだ。よって、ひとり取り残されると、思案に耽る他にすることがない。
 混沌とした意識の中で、クロエはふと故郷を思い出した。もうどこにも存在しない場所。この世界が造られる前になくなってしまった土地。

 世界は死に、そして生まれ変わるものだ。いまあるこの世界――アストランテが生まれる前、同じ位相には別の世界が存在していた。不死者の間で前世界と呼ばれる、クロエがかつて人間として生まれた場所。けれど既にそこは、抗えない神の手によって滅び去っている。現世界アストランテは、その後に生み出され、ここまで発展してきた。神による監視のもとで。
(神様ってやつは、いるんだよなあ、これが。それもおれたちにすごく厳しい)
 前世界が滅亡する経緯を、その場にいた彼はよく知っていた。自分たちの何が罪科であったのかも。
(そしてサキには、帝国にはもっと厳しいはずだ)
 研究こそが前世界を死に至らしめた。世を救うと謳われ続けられた実験、その結果生み出された「人工生命」が、神たる存在の怒りを買ったのだ――。
 世界そのものを焼き尽くす灼熱に、何度も何度も肉体は燃え尽き、そのたびに蘇っていった。一瞬とも永遠とも呼べるような、繰り返される仮初の死と再生。終わりのない苦痛と恐怖。滅びとは、そういうものだ。
「過ぎた探究はときに身を滅ぼす。大きなものを巻き込んで」
 クロエの呟きに返事をする者はいない。
「この国は、そこへ行こうとするんだろうか」
 破滅の架け橋へ。零した問いの結論は、現世界であるアストランテ、そしてこの帝国軍のあり方に委ねられている。

 彼女らの行いが、吉と出るか凶と出るか。
(おれとしては凶に賭けたいところだけど)
 研究を生業とするサキは、果たしてその賭けに何を見出すだろうか。気にかかりながらも、問うことはしなかった。返答がどうであれ、受け入れることはないだろうから。自分が軍の行為を否定したとして、彼女を止める力はないだろうから。――要するに、無意味だから。
 巡る考えは茂みの奥深くへ、暗闇へと迷い込んでいく。これもきっと、窮屈で寂しい生活のせいだ。こうしてクロエは、徐々にサキの帰りを待つようになっていった。相手があの冷たい研究者でも、ひとりでいるよりは十分に暖かいのだから。
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