Order of Border
「そもそも、なんでおれは捕まえられたわけ。不死者を実験台にして何がしたいの」
「兵器への応用だ。死なない兵士がいれば、それだけ軍は強くなる」
クロエは舌打ちした。不死を与えるということは、相応の苦しみを与えるということだ。それを考えついたこの国は。
「二回殺されたあたりからわかり始めたけど、あんたらってもしかして、残虐非道な連中?」
「いまに始まったことではない」
不死者が黙って聞いているのをいいことに、眼鏡の女は己の所業を語り始めた。
数年前、帝国が海辺の国を征服した争い――通称、二年戦争。その前線で、彼女によって改造された兵士たちは驚異的な戦果を上げた。吉報は上層部を喜ばせ、新たな欲を呼び起こす。即ち、更なる力。敵どころか死をも寄せ付けない最強の兵器。それこそが、サキの前に不死者がいる理由だ。
「それで、不死の研究ねえ……」
より効率的に敵を屠るため、人体改造に手を染めた軍。ヒトの命を弄ぶ計画は既に実行されていた。不穏な空気に満たされて、最悪の想像が重なっていく。殺されるだけでは済まないだろう。クロエ自身が改造されるか、あるいは解体の果てに他の誰かに移植されるか……。
――ここに留まる限り、クロエは何をされるかわからない。やはり、早いうちに帝国を逃れた方がいいのだ。恐れと企みを隠して顔を上げた。ここから脱出するためには、まず敵を知るべきだろう。
「改造って、ただ単にスライムを身体に埋め込むだけじゃないんだろ」
尋ねたあとに、これは機密情報ではなかろうかと思い当たった。ところが、サキはすんなりと詳細を与える。
「そうだな。元々私の管轄にある者たちは、帝国兵になる前から兵士候補としてスライムを移植されていた」
外部の者であるクロエに、軍の内部事情を話してもいいのだろうか。相変わらず彼女の考えは読めない。だとしても、聞き出せることは聞いておくに限る。
「彼らを改造兵士として完成させた上で、さらにその戦闘能力を高めるのが我々のねらいだ」
それからサキは、軍内部で「イェーガー」と呼ばれるスライム移植型改造人間兵器の解説をし始めた。専門的な話題を聞き流しながらも、クロエは頷かずにはいられなかった。合点がいったのだ。こうして研究の話をする彼女は、なるほど、学者の顔をしている。
だが。彼女のやり方には、どうしても腑に落ちない点があった。
「そいつらの――改造された兵士たちの意志はどうなるんだ」
聞きながらも、返事の予想はついていた。現にクロエの意志が無視されているのだ。
「スライムを移植された時点で、こうなるほかに道はない」
サキの語調に迷いはない。一方で、それは無理やり断ち切るような言い方でもあった。
「自ずと折り合いをつけたのだろう。彼らがどうであれ、人を兵器に仕立て上げるのが私の役目だ」
「それなのに、不死者や改造人間がヒトか否かなんて気にしてるのか。おれたちのことを思いっきりモノ扱いしといて、いいご身分だな」
クロエの追い打ちをかわしたつもりで、サキはふ、と息を捨てた。すべてを露わにした笑みで、瞳を揺らす。再び目を合わせたとき、クロエは罅の存在に気づいてしまった。――彼女の中に、なにかある。
悟られたことを悟り、それでもサキは知らん顔で言い放つ。
「そうだ。この国は、人をヒトと思わないところだからな」
「兵器への応用だ。死なない兵士がいれば、それだけ軍は強くなる」
クロエは舌打ちした。不死を与えるということは、相応の苦しみを与えるということだ。それを考えついたこの国は。
「二回殺されたあたりからわかり始めたけど、あんたらってもしかして、残虐非道な連中?」
「いまに始まったことではない」
不死者が黙って聞いているのをいいことに、眼鏡の女は己の所業を語り始めた。
数年前、帝国が海辺の国を征服した争い――通称、二年戦争。その前線で、彼女によって改造された兵士たちは驚異的な戦果を上げた。吉報は上層部を喜ばせ、新たな欲を呼び起こす。即ち、更なる力。敵どころか死をも寄せ付けない最強の兵器。それこそが、サキの前に不死者がいる理由だ。
「それで、不死の研究ねえ……」
より効率的に敵を屠るため、人体改造に手を染めた軍。ヒトの命を弄ぶ計画は既に実行されていた。不穏な空気に満たされて、最悪の想像が重なっていく。殺されるだけでは済まないだろう。クロエ自身が改造されるか、あるいは解体の果てに他の誰かに移植されるか……。
――ここに留まる限り、クロエは何をされるかわからない。やはり、早いうちに帝国を逃れた方がいいのだ。恐れと企みを隠して顔を上げた。ここから脱出するためには、まず敵を知るべきだろう。
「改造って、ただ単にスライムを身体に埋め込むだけじゃないんだろ」
尋ねたあとに、これは機密情報ではなかろうかと思い当たった。ところが、サキはすんなりと詳細を与える。
「そうだな。元々私の管轄にある者たちは、帝国兵になる前から兵士候補としてスライムを移植されていた」
外部の者であるクロエに、軍の内部事情を話してもいいのだろうか。相変わらず彼女の考えは読めない。だとしても、聞き出せることは聞いておくに限る。
「彼らを改造兵士として完成させた上で、さらにその戦闘能力を高めるのが我々のねらいだ」
それからサキは、軍内部で「イェーガー」と呼ばれるスライム移植型改造人間兵器の解説をし始めた。専門的な話題を聞き流しながらも、クロエは頷かずにはいられなかった。合点がいったのだ。こうして研究の話をする彼女は、なるほど、学者の顔をしている。
だが。彼女のやり方には、どうしても腑に落ちない点があった。
「そいつらの――改造された兵士たちの意志はどうなるんだ」
聞きながらも、返事の予想はついていた。現にクロエの意志が無視されているのだ。
「スライムを移植された時点で、こうなるほかに道はない」
サキの語調に迷いはない。一方で、それは無理やり断ち切るような言い方でもあった。
「自ずと折り合いをつけたのだろう。彼らがどうであれ、人を兵器に仕立て上げるのが私の役目だ」
「それなのに、不死者や改造人間がヒトか否かなんて気にしてるのか。おれたちのことを思いっきりモノ扱いしといて、いいご身分だな」
クロエの追い打ちをかわしたつもりで、サキはふ、と息を捨てた。すべてを露わにした笑みで、瞳を揺らす。再び目を合わせたとき、クロエは罅の存在に気づいてしまった。――彼女の中に、なにかある。
悟られたことを悟り、それでもサキは知らん顔で言い放つ。
「そうだ。この国は、人をヒトと思わないところだからな」