Order of Border

 受け取ってから数日後、ようやく煙草に火をつけた。鍛練をせずとも、その程度の炎魔法は扱える。ソファを占領して一服するクロエを見咎めて、サキは口を尖らせた。
「換気は自分でしろと言わなかったか」
「後でな。そういや、灰皿ってないのか?」
「ないな。灰が置ければなんでもいいだろう。その辺りから適当に見繕えばいい」
 その辺り、とはどの辺りだろう。整理整頓のせの字もない、この空間での探し物。その苦労など容易に想像がつく。
「……それも、後にするよ。まあ、何もないなら手でも使うさ。どうせおれの身体じゃ傷もつかないし」
 熱くて痛いからあまりやりたくないけど、と付け足して、不死者はまた煙草を咥える。研究者はため息をついて目を逸らし、どさりとクロエの隣を陣取った。

「やんちゃな男だ。本当にお前、不死である他はただの人間らしいな」
 その言葉は、学者のものというよりはサキの本音として聞こえた。胸の底であたためていたものがぽろりと零れたような一言。ただ、気に障る口調からすると、彼女はもともと性根に毒を含む人間のようだ。
 ――人間、だろうか。白衣の裾から伸びる、サキの触手に目を留める。いまは実験結果をまとめた資料を整理しているようだ。人体改造として植え付けられたそれは、およそヒトらしからぬシルエットを作り上げていた。
 胡乱げな皮肉を男は聞き流し、それからしばらく煙草を味わっていた。ふう、と切り返すように息をつくと、草の匂いが立ち上っていく。

 隣に座る研究者を意に介さず、好き勝手に煙をくゆらせていたとき。突然の思いつきを、クロエは躊躇わず切り出した。
「サキ。あんたはおれがヒトなのかどうか、知りたいって言ったけど」
 女の細い指がさりげなく、手元の煙草を攫っていった。奪い返そうとした手はあっさりと抑え込まれる。煙の元に触れる唇を見やり、クロエは奪還を諦めて指を組んだ。わざと時間を止めたふりをして、何事もなかったかのように言葉を続ける。

「あんたが本当に知りたいのは、自分自身がヒトなのかどうか、なんじゃないのか」
 つい、と白衣の女がこちらを向く。もうそろそろ見慣れてきた長い睫毛が上下している。サキは答えようとしたのか、ゆっくりと煙草を口から離し――。
 思いきり咳き込んだ。

「うわ、」
「げほ――悪い、煙草というものを初めて吸ったから、勝手がわからず――ごほっ」
「ならなんで盗ったんだよ、あんたたまにわけのわからないことするよな」
 それからサキの背を必死にさすり、挙句の果てに床に落ちた吸い殻を踏みつけ、結果としてクロエは散々な思いをした。そして、途切れた会話が再び繋がることはなく、クロエの問いにサキが返答を示すことは、ついになかったのである。
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