Order of Border

 話し声がする。内容までは聞きとれないが、ただ賑わっていることがわかる――。この平穏な空間は、漆色の卓が並ぶ喫茶店である。ひっそりとしながらも堅実な佇まいは、気持ちが落ち着くと評判だ。その構内、振り子時計の飾られた壁の傍。生気の抜けた白い髪を束ねた男が、赤い目の少年と同席していた。

 クロエは頬杖をついて、同類の少年を一瞥する。少年こと不死者ジャックは、湯気の上るココアをふうふうと冷ましていた。不死の肉体を持つくせに猫舌なのだ。白い頭巾をゆるく被った風貌は、異国の魔導師によく似ている。身を隠すための姿だろうが、術者めいた装いはかえって目立っていた。クロエは彼について、「かわいそうな奴」とサキにぼやいたことがあった。――サキ。いまは隣にいない、白衣の姿が脳裏をよぎる。らしくない顔、と、「かわいそう」な少年が不満をあらわにした。

 何の因果か、クロエは百年に一度ほど、必ずジャックと遭遇する。そのたびに、今回のような密かな会合が行われるのだった。寄り合う意図は相手の人生を食い物にする慰め合いだ。終わりのない命を「やっていく」ための時間潰し。相性が悪いことはとっくに知れているが、それでも密会を続けているのは、互いが境遇を共にする数少ない存在だからだ。

 毎度のように、百年ほどの出来事を語る。クロエの年月は、気づけばその大部分をサキとの暮らしが占めていた。どうして出会ったのか、どんな生活をしていたのか、その間どんなことがあったのか。記憶を引き出しながら話すうちに、あの日々が鮮やかに蘇ってくる。まるで思い出と呼ばれるきれいなもののように、さまざまに彩られて――。勿論、それらの色はもう存在しない。クロエの手によって、形も持たない灰と化した。

 ジャックは終始退屈そうに視線をうろつかせていた。クロエの話が終わるとすぐ、不躾に口を尖らせる。
「よりによって人体の研究をしてる人間に世話されてたなんて。君はいつのまに、そんな腑抜けになったんだ」
「そうだな――彼女は人間だった」
「それがどうしたの」
 子どものように首をかしげるジャックは知らない。知るはずがない。ヒトとヒトならぬものをめぐる葛藤について。あるいは、そこに境界があることすらも。
「とにかく君は、不死者に肩入れした研究者に匿われて、長々と甘えてたってわけ?」
「いや」
 少年は愚者を見る目つきで男を眺め、面する男は侮蔑を厭わない。
「肩入れしてたのは、おれの方さ」
 言い捨てて、クロエは冷めきった珈琲に口をつけた。上品なはずの香りは煙草の残り香と混ざり判然としない。染み入るような苦みだけが、舌の上に後を引いた。


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