Order of Border

 突然投げ渡された箱を、クロエはまじまじと眺めていた。
「煙草でもあればと言っていただろう」
「へえ。あんた、割と親切なんだな」
 彼女の言葉を聞き流しながら箱を持ち上げると、ひとつ気がつくことがあった。
「これ、古い方か」
 与えられたのは旧式の煙草だ。確かに、ここ数年で開発された新型よりはこちらの方が慣れてはいる。しかし、古い型の煙草は人体に有害なのだ。その毒性は、煙となって周囲にも悪影響を及ぼす。即ち部屋の主にも。
「あんたはいいのか」
「換気はしろ。煙まみれの部屋で暮らしたくはないからな」
 そういう話じゃなくて、と返すために吸った息を、言葉にせずに飲み込んだ。この女を気遣ったところで、あしらわれて疲れるだけだろう。
 渡された箱を手の中で弄ぶ。サキがあえて旧式煙草を選んだのはなぜか。理由を問おうとして、はたと思い当たる。

――まだ、聞かれていない。
なぜ。どうして。その単語が呼び起こすのはいつだって、もっと違う追及なのだ。不死者に対して呆れるほど繰り返された、理由の問い。

「そういえばあんた、聞こうとしないんだな」
「何を」
 不死者たるクロエが、「そう」なった経緯を。前置きもなしに尋ねると、サキは当然のように答えた。
「徒労になるからな」
 境界線の向こう側から言われた。なにを隔てるものかはわからないが、とにかく二人の間にはそういうラインがあって、サキはそれを踏み越えないようクロエを扱っている。さっき煙草を投げたときとは違う、器用かつ繊細なやり方で。
「あんた、研究者だろ。知りたくないのかよ」
 サキが引いたであろうその線を踏み越えるのは容易だ。クロエの方から真実を明かせばいい。それはサキの研究にとって、重要な手掛かりとなろう。不死への門は、軍が求めるものだから。
「知りたくないなら、おれも言わないけどさ」
 だがクロエは扉を閉ざした。仮に何度殺されようが、彼が不死へと至る物語を、誰かに分け与えるつもりはない。それはクロエの奥底に秘めた、もう一人の自分との約束だ。いままでどんな尋問をされても、唯一守ってきた秘密。答えを閉じ込めた箱の鍵はとうに捨てた。
 だから――クロエが不死への道を語ることは決してない。

「確かに知りたいが、どう聞いても答えないだろう?」
 この点において、サキの返答は正しかったといえる。
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