Order of Border
「あと何人なんだ」
「処分」を終え、家に戻ったサキに問いかける。彼女は大抵の場合、用事を一件済ませるたびに、新たな対象の情報を得てくるからだ。造り手であった彼女はイェーガーたちの派遣先を把握している。だからなのか、誰かひとりと接触した際に、次に繋がる情報を聞き出せるらしい。
不死者の問いを受けて、眼鏡の女はそっと呟く。
「私の勘が正しければ、あと一人」
勘。曖昧でかたちのない単語が彼女の口から出るのは新鮮だった。「勘?」とそのまま尋ねれば、幾分かまともな詳細が追ってくる。
「偶然、帰りの列車で噂を聞いた。西にある小王国のギルドに、イェーガーとよく似た特徴の隊員がいるらしい」
吹けば飛ぶような可能性の話だな。そう相槌を打とうとして、相手と視線がすれ違う。
「彼女は、恐らく彼女は――」
心を置いていったようなサキの目は、噂の隊員を見つめていたのだろう。このとき、既に。
「西の小王国、っていうと、遠くなるよな」
正確には、直線距離ならばそれほど恐れる遠さではない。問題はその道筋だ。ギルド本部のある西の王都は、いまいる街から帝国を挟んで北西にある。
「まさかあの国を通るわけにもいかないからな」
つまり、最短経路は帝国を横断している。かの大国の存在は、サキにとって最大の懸案事項だった。追われて当然のことをしでかしているのだ。
「そこを迂回するなら、かなりの遠回りになる。それでも行くつもりか?」
「放っておけるか」
サキは確信した口ぶりだった。噂を辿る指先は、藁にも縋る手とは違う。仮説を検証する学者の姿勢だ。
「私は暫くここを空ける。留守は任せた」
いつのまにか家を守ることになっていたが、異を唱える気にはならなかった。そもそもの出会いが研究者と実験体なのだ。染みついた感覚に納得させられている。
「まあ、別にいいさ。どうせおれはずっと書いてるし」
彼女の都合に振り回されるのは、常のようなものだ。
それから数日も経たないうちに、クロエは遠出するサキの背を見送ったのだった。帰りの約束すらなく、漏らす文句のひとつも見当たらないまま。
「処分」を終え、家に戻ったサキに問いかける。彼女は大抵の場合、用事を一件済ませるたびに、新たな対象の情報を得てくるからだ。造り手であった彼女はイェーガーたちの派遣先を把握している。だからなのか、誰かひとりと接触した際に、次に繋がる情報を聞き出せるらしい。
不死者の問いを受けて、眼鏡の女はそっと呟く。
「私の勘が正しければ、あと一人」
勘。曖昧でかたちのない単語が彼女の口から出るのは新鮮だった。「勘?」とそのまま尋ねれば、幾分かまともな詳細が追ってくる。
「偶然、帰りの列車で噂を聞いた。西にある小王国のギルドに、イェーガーとよく似た特徴の隊員がいるらしい」
吹けば飛ぶような可能性の話だな。そう相槌を打とうとして、相手と視線がすれ違う。
「彼女は、恐らく彼女は――」
心を置いていったようなサキの目は、噂の隊員を見つめていたのだろう。このとき、既に。
「西の小王国、っていうと、遠くなるよな」
正確には、直線距離ならばそれほど恐れる遠さではない。問題はその道筋だ。ギルド本部のある西の王都は、いまいる街から帝国を挟んで北西にある。
「まさかあの国を通るわけにもいかないからな」
つまり、最短経路は帝国を横断している。かの大国の存在は、サキにとって最大の懸案事項だった。追われて当然のことをしでかしているのだ。
「そこを迂回するなら、かなりの遠回りになる。それでも行くつもりか?」
「放っておけるか」
サキは確信した口ぶりだった。噂を辿る指先は、藁にも縋る手とは違う。仮説を検証する学者の姿勢だ。
「私は暫くここを空ける。留守は任せた」
いつのまにか家を守ることになっていたが、異を唱える気にはならなかった。そもそもの出会いが研究者と実験体なのだ。染みついた感覚に納得させられている。
「まあ、別にいいさ。どうせおれはずっと書いてるし」
彼女の都合に振り回されるのは、常のようなものだ。
それから数日も経たないうちに、クロエは遠出するサキの背を見送ったのだった。帰りの約束すらなく、漏らす文句のひとつも見当たらないまま。