Order of Border

 ――結局、ここまでついてきてしまった。
 海を経て、山を越え、麓の街に降り立つ。適度な賑わいのある石づくりの都市。町外れの森を少し分け入ったところに、それはあった。
 飾りのない、古びた家屋。おそらく木でできている。サキが迷いなく扉を開くと、なにかが軋む音がした。ややあってクロエも続く。

 何の変哲もない家だった。中に入ってみると、かつて過ごしていたサキの私室よりも広い。長らく使われていないらしく、家具から窓まで埃だらけだ。よって、クロエはいきなり掃除をやらされた。
 それにしても、サキはいつどうやって帝国外に住処など手に入れていたのか。考えても聞いてみても、きっと知ることはないだろう。細かいことは忘れて作業に専念する。二人で休みなく動き続けて、朝日が夕日になる頃に、ようやく腰を落ち着けることができた。

 どこから取り出してきたのか、サキが二人分の杯に水を注いだ。そして、染み渡るほど冷たい液体に口をつけて、離して、クロエが同じ動作をしてから言い出す。
「東側、奥の部屋。そこなら書斎にして構わない」
「書斎?」
 書類仕事でもするのかと聞き返すと、サキは杯を卓に置いた。どこか呆れた目つきをしている。
「お前のだ。作家なんだろう?」
「おれもここで暮らすのか」
「そのつもりで掃除をしたんじゃなかったのか」
 サキの声がすとんと落とし込まれ、クロエはただ納得した。そうだな、と返事をすれば、ここに居座ることが決まる。それが当然の帰結に思えたのだ。

「……あんたはこれから、やることがあるんだよな」
 水を一気に飲み干すと、不死者は確かめるように尋ねた。改造兵士たちを、本当に全滅させるのか。サキは間髪入れず、澱みなく言葉を返してみせる。
「ああ。彼らにあまり時間は残されていない。他国に流れた者も、囚われた者もいるはずだ。そいつらが暴走する前に終わらせる」
 ぎらりと強い視線のひかりがクロエをまっすぐに通り過ぎていく。これまでの人生で造り上げてきた大きなものを、彼女は葬ろうとしている。そうまでして、いったい何を。
「あんたは、何を滅ぼそうとしているんだ」
 ひっかかった疑問がするりと声にでて、自分でもはっとした。サキは少し考えると、組んだ手に顎を乗せて答える。
「少なくとも、あの国ではないことは確かだな」
 クロエは聞きながら、遠慮がちな語り口に首をかしげた。サキにためらいは似合わない。潤った喉が言葉を滑らせていく。
「罪滅ぼしか?」
「まさか。私はもっと重いものを背負う覚悟なんだ」
 覚悟。そのことばを呼び水に、クロエの頭はひとつの像を映し出す。彼女の背にのしかかる、得体のしれない黒い重圧を。
「執刀リストに入っていて、まだ処分できてないイェーガーは把握している。あとは情報を集めて接触するだけだ。最初の一人は目星がついている」
 サキは前を向いている。凪いだ青い瞳を見て、ひそかに思い直した。彼女の指す重いものは、もっと熱く、透き通っているのかもしれない。

「じゃあ、それが済んだら何をするんだ」
「そのときは私のやりたいことをやるさ」
「へえ、そりゃあいい」
 クロエは頷いて、それっきり追及しなかった。単純に、サキがなにを望んでいようが、希望を叶えるのはとてもいいことだと思ったのだ。彼女の苦悩は、浅瀬に足を浸す程度には察していた。そして、生きる者は誰しも、苦しみの後に幸福に辿り着くのだと、クロエは不死者なりに信じていた。
 だから彼は気づかなかった。このとき既に、否、最初からずっと、ふたりの道はふたつの道だったのだと。
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