Order of Border
タクトが死んだ。
彼は帝国指導者のひとりであり、サキの兄でもあった。
「問題は死因だ。登録されていない改造兵士に襲撃されたらしい」
淡々と報告するサキに、クロエは釈然としないまま話を聞いていた。彼の人生において、死別の心痛とは耐え難いものだった。同じようにこころを持つ以上、サキとて胸の内はクロエとそう変わらないはずだ。だが。
「敵国に捕まった者が感化された、という説が有力だ。犯人は逃亡中、未だ手掛かりは掴めていない」
サキが現状を並べている間も、クロエは喉につかえた重いかたまりを飲みこもうと必死だった。いつも通りの彼女の姿は、とても兄を失った妹には見えなかったのだ。
「あんたは、追わないのか」
砂漠のような喉から、掠れた問いだけが出ていった。対するサキは渓流のように澱みなく答える。
「追跡は研究者の役目ではない。私には別の依頼が来ていた――断ったがな」
「断った? あんたが軍の依頼をか」
サキがさりげなく話題をそらしたのだと、クロエは勘付いていた。あえてそ知らぬふりをして驚いてやると、彼女は聞かれてもいない詳細を語り出す。
「蘇生実験に参加しろ、だと。いかなる技術でも死者蘇生は不可能だと突っぱねてやった」
サキは眉間に皺を寄せ、奴らは私を全能の神か何かと勘違いしているらしい、と付け足した。やたら口数が多いのは、やはり隠し通せていないズレが彼女の中にあるからか。いや、元からこうだったかもしれない――思い直し、彼女の弁舌に耳を傾ける。
「そもそも我々の仕事は兵力の増強であって、指導者の地位を安定させることではない。現にこれまでの蘇生実験はすべて失敗している」
途切れることのない繰り言からは、泡のように膨らむ苛立ちが見て取れた。感情の襞はきっとサキというにんげんの輪郭を象っていて、目を見張らずにはいられない。やはり、彼女の内側で何かが起こっている。心を隠す薄い布を剥がそうと手を伸ばし、指先が空を切った。
「……そりゃそうだ。死者蘇生は禁断中の禁断。おれがいままで生きてきて、成功したって話なんか一度も聞いたことがない」
手慰みに髪を解いて結び直す。色がすっかり抜けているクロエの髪は、しかし指にひっかかって、うまく梳くことができない。
「ああ。恐らくこれから成し遂げられることもない。死者を蘇らせることは、生命を人の手で造りあげることより遥かに困難なはずだ」
わざわざ持ち出された「生命」というフレーズ。滲み出るサキの熱を聞き逃すほど、クロエは呑気ではなかった。
「……あんたは、人工生命の方がまだ簡単で興味深いなんて思ってるんじゃないか?」
「お前も私のことがよくわかるようになってきたな」
「そうみたいだ」
ため息をつく。たとえばいまなら、人工生命の研究をわざわざ口に出して、こちらの反応を伺っているのだ。あるいは面白がっているのかもしれない。
「あんた、そういうところあるよな」
出会った頃よりは、言葉という糸口から彼女の意図したところを掴めるようになってきたのだろう。
しかし、だからこそ、遠い。上っ面を撫でるたびにちらつく、探ってはいけない境界線の向こう。その奥にいるほんとうのサキが、とても小さく、いっそ霞んで、それでも確かに見えるのだ。
彼は帝国指導者のひとりであり、サキの兄でもあった。
「問題は死因だ。登録されていない改造兵士に襲撃されたらしい」
淡々と報告するサキに、クロエは釈然としないまま話を聞いていた。彼の人生において、死別の心痛とは耐え難いものだった。同じようにこころを持つ以上、サキとて胸の内はクロエとそう変わらないはずだ。だが。
「敵国に捕まった者が感化された、という説が有力だ。犯人は逃亡中、未だ手掛かりは掴めていない」
サキが現状を並べている間も、クロエは喉につかえた重いかたまりを飲みこもうと必死だった。いつも通りの彼女の姿は、とても兄を失った妹には見えなかったのだ。
「あんたは、追わないのか」
砂漠のような喉から、掠れた問いだけが出ていった。対するサキは渓流のように澱みなく答える。
「追跡は研究者の役目ではない。私には別の依頼が来ていた――断ったがな」
「断った? あんたが軍の依頼をか」
サキがさりげなく話題をそらしたのだと、クロエは勘付いていた。あえてそ知らぬふりをして驚いてやると、彼女は聞かれてもいない詳細を語り出す。
「蘇生実験に参加しろ、だと。いかなる技術でも死者蘇生は不可能だと突っぱねてやった」
サキは眉間に皺を寄せ、奴らは私を全能の神か何かと勘違いしているらしい、と付け足した。やたら口数が多いのは、やはり隠し通せていないズレが彼女の中にあるからか。いや、元からこうだったかもしれない――思い直し、彼女の弁舌に耳を傾ける。
「そもそも我々の仕事は兵力の増強であって、指導者の地位を安定させることではない。現にこれまでの蘇生実験はすべて失敗している」
途切れることのない繰り言からは、泡のように膨らむ苛立ちが見て取れた。感情の襞はきっとサキというにんげんの輪郭を象っていて、目を見張らずにはいられない。やはり、彼女の内側で何かが起こっている。心を隠す薄い布を剥がそうと手を伸ばし、指先が空を切った。
「……そりゃそうだ。死者蘇生は禁断中の禁断。おれがいままで生きてきて、成功したって話なんか一度も聞いたことがない」
手慰みに髪を解いて結び直す。色がすっかり抜けているクロエの髪は、しかし指にひっかかって、うまく梳くことができない。
「ああ。恐らくこれから成し遂げられることもない。死者を蘇らせることは、生命を人の手で造りあげることより遥かに困難なはずだ」
わざわざ持ち出された「生命」というフレーズ。滲み出るサキの熱を聞き逃すほど、クロエは呑気ではなかった。
「……あんたは、人工生命の方がまだ簡単で興味深いなんて思ってるんじゃないか?」
「お前も私のことがよくわかるようになってきたな」
「そうみたいだ」
ため息をつく。たとえばいまなら、人工生命の研究をわざわざ口に出して、こちらの反応を伺っているのだ。あるいは面白がっているのかもしれない。
「あんた、そういうところあるよな」
出会った頃よりは、言葉という糸口から彼女の意図したところを掴めるようになってきたのだろう。
しかし、だからこそ、遠い。上っ面を撫でるたびにちらつく、探ってはいけない境界線の向こう。その奥にいるほんとうのサキが、とても小さく、いっそ霞んで、それでも確かに見えるのだ。