Order of Border

「魔導人形というものを知っているか」
 いやな予感がする。クロエは机に肘をついたまま額に手を当てた。サキは相手の様子を知らずに、あるいは無視して話を進める。
「魔法の力で動く人形に人工の魂を授け、自律して動くようにしたものらしい。これがつい数年前に発明された、と発表があった」
 クロエはひたすらにサキの説明を聞き流していた。知っている。どれもこれも。だが返事はせず、続きを待つ。この世界においては革新的な発明に対しての、サキの見解が気になった。
「身体が肉でない以上ヒトとは呼ばれ難いだろうが――わかるか? 人の手で人形の魂が造られたんだ」
 クロエにとって、魔導人形の存在は苦い知らせに他ならなかった。が、目を輝かせる研究者にとっては、夢か希望かなにか、そういう得体のしれないものらしい。
「魂の製造が可能だということは、肉体さえ用意できれば、人間の手で、人体の仕組みを介さずにヒトを生み出せるということだ」
 サキは珍しく高揚していた。自分の座った回転椅子の背もたれを掴み、子供のようにくるくる回っている。
「もしそれができたら――我々は人工の生命に出会えるのかもしれない」

 宙を仰ぐサキは、やはり生粋の探究者なのだろう。生命の製造について、そのすべてを知りたいと顔に書いてあった。しばらくして彼女は、我に返ったとでも言いたげに首を振る。
「勿論軍とは関係ない研究だ。だから、私が手を出すことはないだろうが……、いつか機会があれば、その方策を編み出してみたいものだ」
「やめとけ」
 荒々しい一言が女を制した。クロエはもう一度、やめろと言った。押しつぶしたような低い声が散らかった室内に響く。どうした、と目で聞いてくる研究者に、不死者は続けた。
「とにかくやめろ。人工生命を成立させると、神が怒るんだ。神の怒りは世界を燃やし尽くす」
 そんな発明をしたら、今度こそ世界は本当に滅びてしまうかもしれない。世界が生まれ変わることなど、二度とないのかも。するとクロエは、本当に死んでしまうことになる。
 じわりと背筋を責めたてる冷ややかな感覚に支配され、男は早口でまくしたてる。
「神とかいきなり言っても信じられないかもしれない。けれど前の世界はそれで滅んだ。研究のせいでだ。だから」
「もう遅いさ」
 目を逸らさずに言葉を遮って、相対する女はやすやすと口走った。
「お前が恐れるのは神の怒りだ。それはお前の本に書いてあったから知っている」
「そうだな、そんなことも書いた。で、何が遅いって?」
「人工の魂なんてものを人類が造り出した時点で、神とやらはもう我々に目をつけてるんだろう、ってことだよ、臆病な不死者殿?」
 サキは意地悪な笑みを浮かべると、くるりと椅子を回転させてクロエに向き直った。返答を求める態度に急かされて、知らぬ間に育っていた本音が引きずられて出ていく。
「だとしても、あんたが人工生命の研究に手出しするのは」
 感心しないな、と言いかけて口を噤んだ。ばらばらに破かれた手紙が脳裏をよぎる。そこで会話は終わった。
 クロエに忌避するものがある以上、サキの内側に踏み入ることはできないのだ。
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