Order of Border
「僕ら不死者は、人間に執着しちゃいけないんだ」
それは、クロエがサキと出会うずっと前、この世界に慣れてきた頃に聞いた言葉だった。俯いて言ったのは、クロエの古い知り合いで、同類だ。白い髪に赤い瞳をした、生を厭う少年。名をジャックという。子供の姿をしているが、彼もまた不死の者であり、長い年月を生きている。
「そりゃまたどうしてさ」
あのときクロエは、確かわざとらしく聞き返していた。そして、彼は予想通りの答えをくれた。
「先に死なれるからに決まってるだろ」
何度も死別を繰り返して、悲しみに暮れ続けて。そしてジャックは生を疎み、叶わぬ死を望むようになったのだろう――愚かなことに。
自分と正反対のこの少年を、クロエは案外気に入っている。数え切れないほどの死別を経験しても、同胞を失うことは決してない。その永遠こそが、自分がジャックを歓迎する理由であった。クロエは少年の陰鬱な抑揚を、つまりは彼の言葉を、頭の中で何度も再生していた。
「珍しいな、考え事か?」
サキに突然聞かれ、クロエはゆっくりと顔を上げた。腕を組んで目を閉じて、それからしばらく経ったらしい。気遣いですらない雑な視線を投げかけられる。ろくに返事もせず、立ち上がって煙草に火をつけた。
「換気は自分でしろと言わなかったか」
と言いながらも、サキは触手を伸ばして換気装置を動かす。これは幾度か繰り広げたやりとりで、不死者はとっくに慣れきってしまった。
サキは少しジャックに似ている、と、煙草をふかしながらクロエは想う。他者に深入りせず、自分に深入りさせないところ。クロエを信頼しているのかいないのかわからないところ。性根は違うだろうが、どこか重なる部分があった。
境界線の向こうから、気がついたときにだけ声をかけてくる。彼女は決して、自分で引いたラインを越えてくることはない。二人は共に時間を過ごしながらも、同じ磁石のように一定の距離を保っている。
だからこそクロエは、サキにだけは執着するはずがないと思っていたのだ。
それは、クロエがサキと出会うずっと前、この世界に慣れてきた頃に聞いた言葉だった。俯いて言ったのは、クロエの古い知り合いで、同類だ。白い髪に赤い瞳をした、生を厭う少年。名をジャックという。子供の姿をしているが、彼もまた不死の者であり、長い年月を生きている。
「そりゃまたどうしてさ」
あのときクロエは、確かわざとらしく聞き返していた。そして、彼は予想通りの答えをくれた。
「先に死なれるからに決まってるだろ」
何度も死別を繰り返して、悲しみに暮れ続けて。そしてジャックは生を疎み、叶わぬ死を望むようになったのだろう――愚かなことに。
自分と正反対のこの少年を、クロエは案外気に入っている。数え切れないほどの死別を経験しても、同胞を失うことは決してない。その永遠こそが、自分がジャックを歓迎する理由であった。クロエは少年の陰鬱な抑揚を、つまりは彼の言葉を、頭の中で何度も再生していた。
「珍しいな、考え事か?」
サキに突然聞かれ、クロエはゆっくりと顔を上げた。腕を組んで目を閉じて、それからしばらく経ったらしい。気遣いですらない雑な視線を投げかけられる。ろくに返事もせず、立ち上がって煙草に火をつけた。
「換気は自分でしろと言わなかったか」
と言いながらも、サキは触手を伸ばして換気装置を動かす。これは幾度か繰り広げたやりとりで、不死者はとっくに慣れきってしまった。
サキは少しジャックに似ている、と、煙草をふかしながらクロエは想う。他者に深入りせず、自分に深入りさせないところ。クロエを信頼しているのかいないのかわからないところ。性根は違うだろうが、どこか重なる部分があった。
境界線の向こうから、気がついたときにだけ声をかけてくる。彼女は決して、自分で引いたラインを越えてくることはない。二人は共に時間を過ごしながらも、同じ磁石のように一定の距離を保っている。
だからこそクロエは、サキにだけは執着するはずがないと思っていたのだ。