[12]左手と右腕

 誰もが寝静まった夜、大人が眠る部屋に、少年はそっと忍び込んだ。大人は見ず知らずの少年を保護し、面倒を見てくれていた。少年には欲しいものがあった。だから、眠る大人の胸に手を伸ばし、突き刺した。
 ――魔力を吸い尽くし、大人は死に、少年は家を去った。

 その少年こそが、過去のウィリアムだった。

 悪夢のような現実だ。

「おはよう!」
 魔法使いとして本領発揮したユンは、あれからずっと上機嫌だ。だが、この無邪気な少女が恐ろしく鋭い勘を持っていることを忘れてはいけない。
 ウィリアムは混乱を悟られぬように挨拶を返した。少しずつチームが良い方向に向かっている、その空気を崩したくなかった。
 それに――自分が人殺しだ、なんて。
(言えない)
 人の命を奪う。ウィリアム自身も忌避する凶行を、その経験を告げたら、何が待っているだろう。
 スナッチという異能力について、聞いていた言葉を思い返す。
――魔力を吸い尽くせば、どんな相手でも殺せるからよ。

 そうしてウィリアムは、実際に殺したのだ。
 夢の淵で見た暗闇が、今でも浮かぶ。
「あら、ウィリアム。もう食べないの?」
「まだ眠いみたいでさ。ごめん、ごちそうさま」
 異変に気づかない仲間ではない。けれどその理由までは悟られぬよう、早々に席を立った。部屋を去っていくウィリアムを、ジェシカは訝しんで、リンは心配げに、ユンは目を合わせずに見送っていた。

 自室に籠っていれば、どうしたって同室のリンと顔を合わせてしまう。心配されるのはわかりきっていたから、逃げ場を探して屋外へ出た。爽やかな空気までもが、ウィリアムを責めているような気がした。

 結界の外へ出ると、あまり強くなさそうな魔物が一体でうろついていた。そっと近づき、後ろから左手を突き刺す。そのまま、記憶の欠片を吸収するときのように、魔力を奪っていく。すべての力を失った魔物は、核まで吸われて霧散した。

 昼が近づき、強くなる陽を木の葉が遮る。
(今でも使える、このチカラ――)
 魔物に効いた。そして、ヒトにも使えることはわかっている。過去の自分は、シオンの魔力を半分ほど奪っている。彼が魔法より剣術を主体にして戦っているのも、恐らくその事件原因で――。

(オレは、こんなチカラをもったままで、人殺しで、ここにいていいんだろうか)

 考え込んだウィリアムは、後ろから近づいてくる足音に気が付かなかった。
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