[11]魔法使い
それから数日。昼下がり、ウィリアムは下町に依頼したものを取りに行った。礼を言い、代金を払い、まっすぐ戻る。
武器屋で受け取ったそれを布に包んで、ウィリアムは三番隊の会議室に入った。他の三人は既にそこにいて、ウィリアムの大荷物に首をかしげていた。
(派手過ぎたかもしれない。勢いで動いたから、ユンの望んだものじゃないかもしれない)
落胆を顔に出すユンは見たくなかった。けれど、包みがここにある以上、後には退けない。
ただウィリアムは、どうしても彼女に「これ」を持っていてほしかった。
「ユン、あの……これなんだけどさ。いつもの職人さんに作ってもらったんだ」
落とさないように、伸ばされた手に重みを渡す。
「杖だよ」
包みを開けて、ユンはしばらく動かなかった。ウィリアムの渡した新しい武器を、食い入るように見つめていた。それから、ウィリアムの方にそっと視線を移して、言葉のひとつひとつを噛みしめるように聞いた。
「……ウィリアム」
白い布に包まれたそれは、どこからどう見ても――剣だった。
「これ、杖なんだよね」
「正真正銘の杖だ。見た目は、剣だけどな」
「ボクは、まだこれを持ってていいんだね」
ゆっくりと、確かめるように、ユンは柄を握る。馴染んだ感触。ウィリアムを見上げる瞳が潤んでいく。
「ありがとう! すっごく――嬉しい!」
太陽のように輝く笑顔が、窓からの陽に照らされる。ご褒美をもらった子供のような、無邪気な笑み。やはり仲間は、笑っているのが一番いい。
「……今ね、とうさまの使う魔法を追いかけてるの。こっそり拾った日記に書いてあって、ジェシカも説明してくれるから。そうしたらね、次々に使える魔法が増えていって」
ぽつりぽつりと、ユンが話し出す。頷きながら、いつもほんとうを語る彼女の声を聞いていた。
「とうさまの魔法をどんどん覚えられて、楽しいんだ。結局、信じられなくなっても、ボクの憧れの人だし」
俯いたり、目を輝かせたり、視線を彷徨わせるユンの表情はくるくると変わる。やっぱり本当に悩んでいたのだと、実感が背中からじわじわ染みてくる。けれど、今の彼女は――もう何にも縛られていない。
「でも、だからこそ、剣を手放したら、ずっととうさまに追いつけなくなるって思ってたから」
剣の杖を手に、ユンは明るいだけでない、やわらかく慈しむような笑顔で――
「気持ち、伝わってるよ。本当にありがとう」
黒い瞳を、歓喜に潤ませた。
(よかった)
ただの思いつきでも、躊躇わずに力を尽くしてよかった。変わろうと、前に進もうとする彼女を――仲間を支えられる存在であることが嬉しかった。
――カラカラ、と、馴染みのある鐘の音。
「魔物討伐の時間ね」
「……早速、試しちゃっていいかな。ボクの新しい杖と、魔法!」
言うやいなや、ユンは真っ先に駆け出した。
結論から言うと、魔法使いのユンは大活躍だった。
中距離から放たれる強力な術は、攻撃にも時間稼ぎにもなった。こまやかな糸で紡いだような繊細で大胆な立ち回りは、今までの三番隊にできていた僅かな隙間を縫い合わせ、連携を完璧にしてしまった。
「すごい」
リンは思わず拍手した。
「補助魔法のない純粋な魔力で、こんな威力の技なんて初めて見たよ」
リンの素直な賛辞を、ユンもまた素直に受け取って、誇るように剣の杖を掲げる。その様子を、ジェシカが薔薇色の頬に安らかな微笑みを浮かべて見守っている。
「ほら、ウィリアム! 銀の欠片!」
差し出されたそれを、ありがとう、と受け取った。
―-欠片を吸収して、記憶を見るのは夜にとっておいた。今は素直に、前に進んだ仲間を祝福したかったのだ。
「助かるよ、ユン。ばっちりだった」
「でしょ! これからもどんどん強くなるんだから!」
自信に満ちた笑顔は、前のユンよりずっときらきらしていた。三番隊も笑顔を返して、仲間の新しい力を祝福した。和やかな空気のまま夕方になり、討伐を終え、夕食を経て眠りにつく。
――その夜覗いた記憶は、闇に包まれていた。
過去のウィリアムは、誰かの胸に左手を突き刺して、スナッチの力を使っていた。魔力を吸い取って、吸い取って、そのまま命ごと奪いつくした。
――紛れもなく本物の、人殺しの記憶だった。
◆◆ 第十一章 魔法使い 完 ◆◆
武器屋で受け取ったそれを布に包んで、ウィリアムは三番隊の会議室に入った。他の三人は既にそこにいて、ウィリアムの大荷物に首をかしげていた。
(派手過ぎたかもしれない。勢いで動いたから、ユンの望んだものじゃないかもしれない)
落胆を顔に出すユンは見たくなかった。けれど、包みがここにある以上、後には退けない。
ただウィリアムは、どうしても彼女に「これ」を持っていてほしかった。
「ユン、あの……これなんだけどさ。いつもの職人さんに作ってもらったんだ」
落とさないように、伸ばされた手に重みを渡す。
「杖だよ」
包みを開けて、ユンはしばらく動かなかった。ウィリアムの渡した新しい武器を、食い入るように見つめていた。それから、ウィリアムの方にそっと視線を移して、言葉のひとつひとつを噛みしめるように聞いた。
「……ウィリアム」
白い布に包まれたそれは、どこからどう見ても――剣だった。
「これ、杖なんだよね」
「正真正銘の杖だ。見た目は、剣だけどな」
「ボクは、まだこれを持ってていいんだね」
ゆっくりと、確かめるように、ユンは柄を握る。馴染んだ感触。ウィリアムを見上げる瞳が潤んでいく。
「ありがとう! すっごく――嬉しい!」
太陽のように輝く笑顔が、窓からの陽に照らされる。ご褒美をもらった子供のような、無邪気な笑み。やはり仲間は、笑っているのが一番いい。
「……今ね、とうさまの使う魔法を追いかけてるの。こっそり拾った日記に書いてあって、ジェシカも説明してくれるから。そうしたらね、次々に使える魔法が増えていって」
ぽつりぽつりと、ユンが話し出す。頷きながら、いつもほんとうを語る彼女の声を聞いていた。
「とうさまの魔法をどんどん覚えられて、楽しいんだ。結局、信じられなくなっても、ボクの憧れの人だし」
俯いたり、目を輝かせたり、視線を彷徨わせるユンの表情はくるくると変わる。やっぱり本当に悩んでいたのだと、実感が背中からじわじわ染みてくる。けれど、今の彼女は――もう何にも縛られていない。
「でも、だからこそ、剣を手放したら、ずっととうさまに追いつけなくなるって思ってたから」
剣の杖を手に、ユンは明るいだけでない、やわらかく慈しむような笑顔で――
「気持ち、伝わってるよ。本当にありがとう」
黒い瞳を、歓喜に潤ませた。
(よかった)
ただの思いつきでも、躊躇わずに力を尽くしてよかった。変わろうと、前に進もうとする彼女を――仲間を支えられる存在であることが嬉しかった。
――カラカラ、と、馴染みのある鐘の音。
「魔物討伐の時間ね」
「……早速、試しちゃっていいかな。ボクの新しい杖と、魔法!」
言うやいなや、ユンは真っ先に駆け出した。
結論から言うと、魔法使いのユンは大活躍だった。
中距離から放たれる強力な術は、攻撃にも時間稼ぎにもなった。こまやかな糸で紡いだような繊細で大胆な立ち回りは、今までの三番隊にできていた僅かな隙間を縫い合わせ、連携を完璧にしてしまった。
「すごい」
リンは思わず拍手した。
「補助魔法のない純粋な魔力で、こんな威力の技なんて初めて見たよ」
リンの素直な賛辞を、ユンもまた素直に受け取って、誇るように剣の杖を掲げる。その様子を、ジェシカが薔薇色の頬に安らかな微笑みを浮かべて見守っている。
「ほら、ウィリアム! 銀の欠片!」
差し出されたそれを、ありがとう、と受け取った。
―-欠片を吸収して、記憶を見るのは夜にとっておいた。今は素直に、前に進んだ仲間を祝福したかったのだ。
「助かるよ、ユン。ばっちりだった」
「でしょ! これからもどんどん強くなるんだから!」
自信に満ちた笑顔は、前のユンよりずっときらきらしていた。三番隊も笑顔を返して、仲間の新しい力を祝福した。和やかな空気のまま夕方になり、討伐を終え、夕食を経て眠りにつく。
――その夜覗いた記憶は、闇に包まれていた。
過去のウィリアムは、誰かの胸に左手を突き刺して、スナッチの力を使っていた。魔力を吸い取って、吸い取って、そのまま命ごと奪いつくした。
――紛れもなく本物の、人殺しの記憶だった。
◆◆ 第十一章 魔法使い 完 ◆◆