[11]魔法使い

 翌朝、三番隊の会議室。
 立ち上がり、三人の仲間を順に見て、ユンははっきりと宣言した。
「改めてね、ボク、魔法剣士をやめて魔法使いになるよ。今よりもっと強くなりたい、みんなの役に立ちたいんだ。剣を手放すのはさみしいけど」
 少し俯いて、首を横に振る。躊躇いも振り飛ばして、ジェシカの方に目をやると、彼女は頷いてくれる。
「ジェシカに魔法を教わってるんだ。古代文字が読めるようになったら、とうさまに、魔法を教わるつもり」
 ジェシカとリンは見守るように笑っていた。ウィリアムは少しだけ釈然としなかったが、昨日の耳打ちはこの件か、と納得する。
「剣の弟子として、とうさまに選ばれなかったこと。今でもやっぱり悲しいけど、でも、こっち側なら、ボクでも見てもらえる」
 四人の間に沈黙が響いた。本当にいいのか、問おうとして、その必要はないと悟る。既に決意は固まっているのだろう。誰も返事をしない状態に、僅かな気まずさを読み取って――彼女自身が断ち切った。

「あはは、いきなりごめん。ちょっとボク、訓練室で魔法の復習してくるね」
「僕も行くよ。見てみたかったんだ」
 立ち去った足取りは、決して逃げのそれではない。けれど、彼女の背中に、何かがひっかかる。
 自分と同じく残されたジェシカと、目を目を合わせ、「なぁ」、と静かに尋ねた。
「どうしたの?」
「わかってると思うけど、ユンのこと。本当はまだ、つらいんだろ。オレにできることはないのかと思ってさ」
 納得ができないのは、ユンの決断そのものではなく、彼女の裏側にある、きっと苦しい何かのことだ。
「そうね。魔法使いになる、魔法を覚えるのは楽しい。そう言ってはいたけれど」
 ジェシカはユンの心を読み解くように、細い指で宙をなぞる。
「言った通り、本当に寂しいんだと思うわ。剣を手放すのが」
 言いながら、ジェシカは手元に視線を落とす。魔法使いが魔法陣を造るときに使う、特殊な紙がそこにあった。が、描かれているのは魔法陣ではない。
「何、描いてるんだ?」
「ユンの魔力のパターンを書き出してみたの。ぴったりな杖を仕立ててもらおうと思って」
 ――ひとつ、ひらめいた。

「それ、貸してくれないか。杖のこと、オレにやらせてほしい。オレだって、ユンに何かしたいんだ」
 リンは相談に乗って、ジェシカは古代文字の知識を授け。自分にできることは、今この一瞬の思いつきを形にすることだろう。
「……わかったわ。素敵な杖、探してきてくれるのね」
「約束する。魔力の記録、借りてくな」
 手に取ってみると、魔法使いが魔法を造る際に使うという特殊な紙だった。剣に任せて魔法を使うウィリアムと、魔法専門の人々には大きな違いがあるのだろう。だとしたら、ユンの決意は生易しいものではないはずだ。
(……応援したい)
 なにより仲間として、その背中を押したかった。


 山を駆け下り、下町へ向かう。道は身体が覚えている。もう何度も行った、街の武器屋だ。

「なるほどねえ。事情は分かった。いつもお世話になってる討伐隊さんからの依頼だ、断りはしねぇよ」
 下町の職人は、頷きながらも顎に手を当てる。ウィリアムたちが通っている鍛冶屋の職人で、店主とも馴染みがあった。だが――経営と製作とを兼任するこの店主が、渋い顔をするのは初めて見た。
「ただ材料が、な……」
 話を聞いてみると、大きな魔物が洞窟に住み着いて、材料を取りに行けないらしい。人々の生活を脅かす魔物。そんな話を聞いて、討伐隊員がすることはただ一つ。
「じゃ、ちゃちゃっと退治して材料採ってくるからさ。必要な素材、教えてくれよ」
「それは助かる。まずはこの鋼と――」

◆◇◆

 武器の材料になるという鉱石は、下町のはずれにある洞窟で採集されているらしい。その入り口を塞ぐように、大きな魔物が陣取っていた。熊の魔物だ。爪には血がついていた。
これは手ごわそうだ、と剣を構えた瞬間――魔法が飛んで、魔物が悲鳴を上げた。
 魔法の方向を見ると、幼い金髪が揺れていた。
「クレフ!」
「……ウィリアム。今ね、魔物退治に来たんだ」
「話が早いな、オレもだ。手伝うぜ」
 年少とはいえ、一番隊として認められている実力のはずだ。クレフと共に戦うのは初めてだが、きっと背中は預けられる。――そう思ったのに。
「じゃあ、見せるよ。ぼくの中の、魔王のチカラ」
 クレフは先行して、魔物に向かってしまっていた。魔力を溢れさせて。黄金の瞳を赤に変えて。
 ウィリアムはその色合いを初めて見た。
(ああ、この赤が、魔王のチカラに覚醒した、オレの目の赤なんだ――)
 まるで、魔物の目のように赤い――。

 その姿に見入っているうちに、戦いは終わってしまった。一瞬で魔物を消し飛ばすほどの魔力攻撃。目の色を戻したクレフが、一歩、二歩とふらついた。
「大丈夫か?」
「平気だよ」
 自分にも、覚えがある。力の反動で身体に負担がかかるのだ。
 ウィリアムは知っていた。そして、ようやく確信した。クレフが持っているのは――間違いなく、ウィリアムのそれと同じチカラだ。

 町人らからはいたく感謝され、もちろん依頼された鉱物を渡すこともできた。ユンへの想いは、武器が完成すれば伝わるはずだ。
それなのに、魔王のチカラが頭から離れない。あの、寒気のするような、赤い瞳の輝きが。
(オレも、いつも、あんな――)
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