[11]魔法使い
討伐隊墓地に行く道の途中。まさに中途半端な場所にウィリアムがいるのは、クレフに呼び出されたからだ。前回話してからそう日が経っていない。どうやらクレフは、本当にウィリアムを知りたいようだった。
「ウィリアムはどうやってチカラに目覚めたの?」
「討伐隊で戦ってるときに――」
聞かれたら、そのまま事実を答えた。チカラのことから、自分の使う魔法、剣、果ては好きな食べ物まで、クレフの質問は多岐に渡った。幼い子供のような質問攻め――否。
ような、ではない。クレフは明らかに、見た目からして幼い。ユンも年下ではあるが、クレフはもっとだ。
「気になってたんだけどさ、どうしてお前は、討伐隊に入ったんだ?」
「あるひとに言われたんだ」
クレフは隠す素振りも見せずにそのまま返した。そこに打算があるとは思えない。
「討伐隊で活躍できたら、ママに会わせてもらえるって。そのひとが、このチカラをくれた」
でまかせを言っているのだと思った。魔王の力を、誰かに与える?
「ウィリアムは、どうして?」
クレフの返す滝のような問いは、ウィリアムに考える隙を与えない。先に返事をしなければ。
「オレには、ないんだ。記憶が」
隠そうかどうか一瞬迷ったが、やめた。どこまでも追及されそうだったからだ。
「その記憶が、魔物と関係あるらしくて。だから魔物と戦う討伐隊にいる」
「そうだったんだ。教えてくれてありがとう。じゃあ、誰がウィリアムにそのチカラをくれたかはわからないんだ」
「そうなんだよな。でも、戦ってるうちにいつかわかるはずだ」
若干の気まずさが残る。覚えていないことに関しては、歯切れの悪い答えしかできないのだ。
「でも、いいよ。ウィリアムの戦う理由、それだけじゃないって知ってるから」
え、と漏らしたそれっきり、どう続ければいいかわからなくなる。クレフと過ごした時間は決して長くない。つい最近名前を知ったばかりの、新しい存在だ。そんな少年が、ウィリアムがを語っている。
「たくさんのひとを心配して、助けてるんだよ。ウィリアムは。だからぼくは、きみを知りたいと思ったんだ」
不思議な感覚だった。いつのまに、「知られて」いたのだろう。自分のことを。その在り方を。いつのまに、伝えていたのだろう。
「思い出したら、教えてね。誰がウィリアムに、そのチカラをくれたのか」
浮遊感から引き戻される。じゃあね、と手を振るクレフを追うこともせず、ウィリアムはその場で立ち止まった。誰が、チカラをくれたのか。自分を引き留めるのに十分な見方だった。
(――オレのチカラも、誰かに与えられたものなのか?)
実際、魔力を与えること、奪うことはできる。スナッチという特殊能力は、ウィリアムの左手に実在している。けれど、第三者の手で特別なチカラを動かすことができるのだろうか。鍵に呼びかけても、答えはない。――知ってきたつもりでいたことでも、未知は多く道は長い。謎は深まるばかりで、クレフが去ってしまっても、疑問は胸の奥にこびりついていた。
◇◆◇
討伐隊員として、魔物を倒し、訓練をし、そういった日常が戻ってきた。あの事件で焼けた地面にも、草の芽が戻ってきていた。
ある夜、既に「いつもの場所」となった森の開けた場所。シオンはウィリアムに言い出した。
「先生に言われた。俺は自分が何を考えているのか、その理解が足りないと」
「そうだろうな」
関心と納得が、すとんと胸に落ちた。賢者はシオンのことを忘れる前、彼の師であった。その男の言うことならば本当だろう。
「なにを、わかったように」
眉をひそめるシオンに、ウィリアムはまっすぐ対抗した。
「だってお前、もう少しで死ぬところだったんだぞ。……二回も。いくらなんでもやりすぎだ。誰に何を言われたって、……人殺しだからって、お前まで死ぬことないだろ」
「いや、違うな。俺は死ぬつもりだった。そうすべきだと、思っていた」
「そんなことない。たとえばオレは、お前に死なれたら一生後悔する。そう思う奴は他にもいるさ。賢者様だって――」
「もう喋るな。お前の愚かで単純な思考は、俺をここに引き留める。……それが鬱陶しいんだ」
その声はウィリアムの中で何度も反響して、時間を止めた。まるで仲間に向けて文句を言うような、自然な切り口の声音。
え、と歓喜が漏れる。否定されたからではない。そうか、鬱陶しかったのか。まるで新鮮な感情の動きが、シオンの言葉と、そむけた顔に表れている。
「お前、そういうこと言うんだ……」
「何度でも言うさ。お前は鬱陶しい。だが……憎くはない」
「そっか」
返事をして、与えられた言葉を反芻して、胸の奥に灯がともった。
(あれ? なんかオレ、すごく嬉しい)
燃え盛る炎の中で、ウィリアムはシオンに大切なことを気づかせた。それがきっかけで、彼はここまでの本心を見せてくれるようになったのだ。だとしたら、彼が何度死を選ぼうとも、ウィリアムのすることは変わらない。
「オレはたぶん、何度でもお前を止めるよ。たとえそれが、救いじゃなくても」
告げた瞬間、時間の流れが限りなくゆっくりになった。ぱたりと止んだ風、世界が二人だけの錯覚。
「……だろうな」
シオンの声は柔らかい棘のようで、ざらりと耳を撫でていく。その鋭さが今は心地よかった。
「随分と勝手な奴だ。仲間にも迷惑をかけているんじゃないのか」
「よくわかったな。それに関しては、反省してる……」
初めてするような、軽い会話だった。とても冗談にはできない話題なのに、ウィリアムは少し笑った。固く閉ざされた扉の向こうから漏れ出した光に気づいたからだ。少しだけ和らいだシオンの目元は、きっと彼自身の想いを見つけたのだろう。
やわらかな空気が、ウィリアムの背中を押した。
「ずっと聞きたかったことがあるんだ」
「――俺のことか? それとも、鍵の?」
やはり彼は、察しがいい。シオンとの会話には、そういう心地よさが前からあった気がする。
「どっちもだ。お前は賢者様から鍵を預かったんだろ? そのとき、何か言われなかったか。もう一つの鍵について」
「……言われなかったな。これが魔王を封印している鍵なのは確かだが、どうしてお前の記憶と関係しているのかはわからない」
シオンは何かを思い出すように顎に手を当てた。
「可能性の話だが、鍵と記憶が関係ある、というよりは――お前の記憶が、魔王と関係ある、ということはないのか」
「魔王と……?」
そう、自分は魔王のチカラを持っている。根拠は十分だ。
(じゃあ、同じチカラを持つクレフはどうなんだ?)
いま記憶について尋ねるべきなのは、シオンでなくクレフなのかもしれない。考えたことのない方向だった。
「……ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない」
「それでも」
二人の声しか響かない静かな夜。長い睫毛に縁どられたあの黄金の瞳が、澄んだ光を湛えてこちらを見ている。何にも遮られることなく。
手を伸ばせば触れられる距離、でもウィリアムはそうしなかった。代わりに。
「ついでにさ、」
ウィリアムはゆっくり立ち上がる。結界の外、魔物を倒しきった夜。二人だけの空間。
「久々に、やろうぜ」
視線を合わせ、まっすぐ剣先をシオンに向ける。シオンもまた、同じように剣先で答えた。
「ウィリアムはどうやってチカラに目覚めたの?」
「討伐隊で戦ってるときに――」
聞かれたら、そのまま事実を答えた。チカラのことから、自分の使う魔法、剣、果ては好きな食べ物まで、クレフの質問は多岐に渡った。幼い子供のような質問攻め――否。
ような、ではない。クレフは明らかに、見た目からして幼い。ユンも年下ではあるが、クレフはもっとだ。
「気になってたんだけどさ、どうしてお前は、討伐隊に入ったんだ?」
「あるひとに言われたんだ」
クレフは隠す素振りも見せずにそのまま返した。そこに打算があるとは思えない。
「討伐隊で活躍できたら、ママに会わせてもらえるって。そのひとが、このチカラをくれた」
でまかせを言っているのだと思った。魔王の力を、誰かに与える?
「ウィリアムは、どうして?」
クレフの返す滝のような問いは、ウィリアムに考える隙を与えない。先に返事をしなければ。
「オレには、ないんだ。記憶が」
隠そうかどうか一瞬迷ったが、やめた。どこまでも追及されそうだったからだ。
「その記憶が、魔物と関係あるらしくて。だから魔物と戦う討伐隊にいる」
「そうだったんだ。教えてくれてありがとう。じゃあ、誰がウィリアムにそのチカラをくれたかはわからないんだ」
「そうなんだよな。でも、戦ってるうちにいつかわかるはずだ」
若干の気まずさが残る。覚えていないことに関しては、歯切れの悪い答えしかできないのだ。
「でも、いいよ。ウィリアムの戦う理由、それだけじゃないって知ってるから」
え、と漏らしたそれっきり、どう続ければいいかわからなくなる。クレフと過ごした時間は決して長くない。つい最近名前を知ったばかりの、新しい存在だ。そんな少年が、ウィリアムがを語っている。
「たくさんのひとを心配して、助けてるんだよ。ウィリアムは。だからぼくは、きみを知りたいと思ったんだ」
不思議な感覚だった。いつのまに、「知られて」いたのだろう。自分のことを。その在り方を。いつのまに、伝えていたのだろう。
「思い出したら、教えてね。誰がウィリアムに、そのチカラをくれたのか」
浮遊感から引き戻される。じゃあね、と手を振るクレフを追うこともせず、ウィリアムはその場で立ち止まった。誰が、チカラをくれたのか。自分を引き留めるのに十分な見方だった。
(――オレのチカラも、誰かに与えられたものなのか?)
実際、魔力を与えること、奪うことはできる。スナッチという特殊能力は、ウィリアムの左手に実在している。けれど、第三者の手で特別なチカラを動かすことができるのだろうか。鍵に呼びかけても、答えはない。――知ってきたつもりでいたことでも、未知は多く道は長い。謎は深まるばかりで、クレフが去ってしまっても、疑問は胸の奥にこびりついていた。
◇◆◇
討伐隊員として、魔物を倒し、訓練をし、そういった日常が戻ってきた。あの事件で焼けた地面にも、草の芽が戻ってきていた。
ある夜、既に「いつもの場所」となった森の開けた場所。シオンはウィリアムに言い出した。
「先生に言われた。俺は自分が何を考えているのか、その理解が足りないと」
「そうだろうな」
関心と納得が、すとんと胸に落ちた。賢者はシオンのことを忘れる前、彼の師であった。その男の言うことならば本当だろう。
「なにを、わかったように」
眉をひそめるシオンに、ウィリアムはまっすぐ対抗した。
「だってお前、もう少しで死ぬところだったんだぞ。……二回も。いくらなんでもやりすぎだ。誰に何を言われたって、……人殺しだからって、お前まで死ぬことないだろ」
「いや、違うな。俺は死ぬつもりだった。そうすべきだと、思っていた」
「そんなことない。たとえばオレは、お前に死なれたら一生後悔する。そう思う奴は他にもいるさ。賢者様だって――」
「もう喋るな。お前の愚かで単純な思考は、俺をここに引き留める。……それが鬱陶しいんだ」
その声はウィリアムの中で何度も反響して、時間を止めた。まるで仲間に向けて文句を言うような、自然な切り口の声音。
え、と歓喜が漏れる。否定されたからではない。そうか、鬱陶しかったのか。まるで新鮮な感情の動きが、シオンの言葉と、そむけた顔に表れている。
「お前、そういうこと言うんだ……」
「何度でも言うさ。お前は鬱陶しい。だが……憎くはない」
「そっか」
返事をして、与えられた言葉を反芻して、胸の奥に灯がともった。
(あれ? なんかオレ、すごく嬉しい)
燃え盛る炎の中で、ウィリアムはシオンに大切なことを気づかせた。それがきっかけで、彼はここまでの本心を見せてくれるようになったのだ。だとしたら、彼が何度死を選ぼうとも、ウィリアムのすることは変わらない。
「オレはたぶん、何度でもお前を止めるよ。たとえそれが、救いじゃなくても」
告げた瞬間、時間の流れが限りなくゆっくりになった。ぱたりと止んだ風、世界が二人だけの錯覚。
「……だろうな」
シオンの声は柔らかい棘のようで、ざらりと耳を撫でていく。その鋭さが今は心地よかった。
「随分と勝手な奴だ。仲間にも迷惑をかけているんじゃないのか」
「よくわかったな。それに関しては、反省してる……」
初めてするような、軽い会話だった。とても冗談にはできない話題なのに、ウィリアムは少し笑った。固く閉ざされた扉の向こうから漏れ出した光に気づいたからだ。少しだけ和らいだシオンの目元は、きっと彼自身の想いを見つけたのだろう。
やわらかな空気が、ウィリアムの背中を押した。
「ずっと聞きたかったことがあるんだ」
「――俺のことか? それとも、鍵の?」
やはり彼は、察しがいい。シオンとの会話には、そういう心地よさが前からあった気がする。
「どっちもだ。お前は賢者様から鍵を預かったんだろ? そのとき、何か言われなかったか。もう一つの鍵について」
「……言われなかったな。これが魔王を封印している鍵なのは確かだが、どうしてお前の記憶と関係しているのかはわからない」
シオンは何かを思い出すように顎に手を当てた。
「可能性の話だが、鍵と記憶が関係ある、というよりは――お前の記憶が、魔王と関係ある、ということはないのか」
「魔王と……?」
そう、自分は魔王のチカラを持っている。根拠は十分だ。
(じゃあ、同じチカラを持つクレフはどうなんだ?)
いま記憶について尋ねるべきなのは、シオンでなくクレフなのかもしれない。考えたことのない方向だった。
「……ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない」
「それでも」
二人の声しか響かない静かな夜。長い睫毛に縁どられたあの黄金の瞳が、澄んだ光を湛えてこちらを見ている。何にも遮られることなく。
手を伸ばせば触れられる距離、でもウィリアムはそうしなかった。代わりに。
「ついでにさ、」
ウィリアムはゆっくり立ち上がる。結界の外、魔物を倒しきった夜。二人だけの空間。
「久々に、やろうぜ」
視線を合わせ、まっすぐ剣先をシオンに向ける。シオンもまた、同じように剣先で答えた。