[10]炎

 どうすればいいだろう。そんな言葉が、ウィリアムの頭の中を支配していた。シオンが無茶な魔法を使っていることも、彼の心がきっと無理をしていることも、放っておけなかった。
(このままにしておきたくない)

 ときは夕方。無意識に、賑わい始めた食堂へ向かう。三番隊の仲間たちとは、こうして別行動になることも増えてきた。ユンは秘密の何かに没頭していて、ジェシカはそれを手伝い、リンは仕事の多い医療班の手伝いをするようになっていたからだ。
 夕方から食事をとる隊員は多く、ようやく見つけた空席は、知った顔に挟まれていた。
「ウィリアムじゃねえか! 隣、座るか?」
 ひらひらと招く左手はヒューゴのものだ。ああ、と答えて席に着くと、反対側にはドロシーが座っていた。どうやら話題は、ヒューゴが離れた後の一番隊についてらしい。

「ドロシーのとこ、すごいことになってるな」
「……ホント大変だよ。ルビウスの奴が裏切っていなくなるし、金眼の鎖剣士が新しく入ったと思ったら殺人で謹慎、それが明けたら今度はあの戦法。放火魔にでもなるつもり?」
 ドロシーが重ねる文句に、ヒューゴも曖昧に頷いた。
「あー、あいつは何考えてるのかよくわからないもんな。元々チーム組んでなかったし、あんたらのことも仲間だと思ってないかもしれない」
 シオンのことだ。返す言葉をなくして、また探す。自分も、彼に仲間だと思われていないかもしれない。
「……けど、けどさ。オレは仲間だと思ってるよ」
 二人の知らない事情を、この場ではウィリアムだけが知っている。つまりは、賢者とシオンとの間にある、奇妙なねじれを。
(でもまさか、オーブリの治癒術の話をするわけにもいかないしなあ)
 賢者を害する者は滅ぼす。言葉通りなのだとしたら、彼はそれを実行しただけだ。

「あいつの肩を持つわけじゃないけど、ただ責めるのは違うと思う」
「あんたはまあ、そう言うだろうよ。あいつのこと随分と気にかけてるようだから」
 ヒューゴの指摘は鋭い。シオンのことになると、ウィリアムの判断は狂う。――うっすら自覚はしていた。運命で繋がった特別な相手なのだ。
 二の句を継ぐ前に、ドロシーが割り込んだ。
「しかしまあ、とんでもない戦法だよ。あの戦法、命も削ってる。たしかに戦績は稼げるけど、真似したら死ぬだけだ。自分から選んでやるもんじゃない。暴走か何かか……あいつ、どうしたもんだろうね」
 暴走しているの魔力か、気持ちの方か――。いやな予感が、ぬるりと背中を滑り落ちていく。
「やめさせないと」
 ウィリアムは音を立てて立ち上がる。
「つってもどうやって――っておーい! もうすぐ夜だぞ! まったく……」
 ドロシーの声に、ウィリアムは振り向かず手を振った。少女のため息に少年の声が被る。

「あいつなら止めても無駄だぜ。……ドロシーはどこ行くんだ? もうしばらく話しててもいいと思ったんだけどな」
「今走っていった奴に何かあったら大変じゃんか? とりあえず、誰か三番隊のやつに報告さ。最近だと帽子娘がよく書庫にいるから、まずはそこからだな」
 なるほど、とヒューゴも腰を上げた。
「二人で探した方が早いだろ」
 ――仲間とは、こういうものだ。

◇◆◇

 夕焼けの端にまだ光が残っている。ウィリアムは「いつもの場所」にいた。結界の外に広がる森の一画。時折シオンに会いに行って、言葉を交わすその場所だ。けれど、今は夜ではないからか、彼の姿はない。
 ここじゃないなら、どうするか。待つか、もう少し基地から離れてみるか。悩んでいるときに、後ろから声をかけられた。
「誰かを探しているの?」
 ――そこにいたのは、意外な人物だった。けれど、なぜかここで会う気もしていた。
「クレフ……?」
 金色の丸い目が、こちらを見つめていた。

「きみがここに向かうの、よく見ていたから。ここで彼と、話をしているのも」
 ――彼。
「そうだ。そう、シオンを見なかったか? 探してるんだ」
「ウィリアムが『心配している』のは、彼のこと?」
 首肯して、ウィリアムは早口で答える。自分でもわかるほどに焦っていた。
「わかるだろ。あんな無茶な戦法、早くやめさせないと」
「魔力が暴走してる。このままだと、大変」
一番隊の見立てはきっと正しい。クレフやドロシーの言った通りなら――あの炎が本人の意思と関係なく燃え続けているならば、止めなければならない。
「魔力の源は魂。魂の消費は命の消費。あの戦い方を続けていれば、彼は死ぬ」
 死。重たい単語を声にされると、その予想が現実になって振ってくるようだった。もし彼が、その道を自ら選んでいたとしたら? 死んでほしくないと告げたはずなのに。
「でも、止められなくても、ウィリアムは悪くない。悪いのは、こんな事態を招いた彼自身」
 外から見たならば、クレフの意は間違ってはいない。けれど仲間として見るならば、どうだろう。少なからず剣や言葉を通して、彼と交わった一人として考えるなら。ウィリアムが返した反論は苦い過去の回想を連れてくる。
「……オレはそう思えない。守れなかったことがあるんだ。オレがもっと強かったら、あんなことにはならなかった」
 それは、奇遇にもシオンが殺した少女のことだった。自分を庇って死んだシェリーのことを、ウィリアムは誰にも見えないところで何度も思い出していた。

 ――シェリーが死んだのは、彼女を守れなかった自分のせいだ。
「あっ、」
 思わず声が出た。
(もしもあいつが、賢者様が倒れたのが自分のせいだと思っていたら)
 ――あの人を害するものは、全て排除する。
 彼の頑なな思考と、今の賢者はシオンを覚えていないという前提。シオンが自らを「賢者を害する者」と置いていたら、どうなる?
(あいつは、あのまま限界まで魔物を狩って死ぬつもりだ……!)
 運命に引っ張られるように、身体が走り出す。駄目だ。そんなことはいけない。失いたくないという身勝手な想いが、ウィリアムを突き動かしていた。
「ちょっと、ウィリアム?」
「悪い、クレフ。早くあいつを探さなきゃ!」
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