[10]炎
「なに……これ……」
ジェシカが愕然としたのも無理はない。そこには地獄のような光景が広がっていた。――想像とは違う景色だった。それでも、恐ろしい状況には変わりがなかった。
死屍累々。そこらじゅうに死体が転がっている。それら全てが、盗賊団の亡骸であった。さっきまで叫んでいたユンは、動かずに立ち尽くしていた。動いている人間はただ一人――銀髪金眼の少年。彼が剣を振り下ろすのを、ユンはただ呆然と見ていた。
「ユン! 大丈夫なの?」
「ボクは」
言葉は返ってきたが、その視線が固められたように動かない。最低限に絞られた返事は乾いていた。つまり、この死体の山を築いたのはシオンであり、ユンはそれを止められなかったのだ。今でも、彼女の見る先で無残な行為が行われていた。
一目で長とわかる大男の屍が、斬られ続けている。彼の手によって。
「シオン!? 何をして――」
普段の華麗な剣捌きなど見る影もなく、彼はただ乱暴に刃を振りかざし、男を何度も殺している。ズタズタに切り裂かれた男の姿は原形をとどめていない。ウィリアムは思わず、少年の身体に飛びついた。
「やめろ、そいつはもう死んでるんだぞ!」
「死んで、る……?」
その事実に、言われて初めて気が付いたようだ。焦点の合わない目で、物言わぬ屍を見下ろす。
「よかった……これで……先生は」
そのときのシオンはどう見ても異常だった。心ここにあらずといった様子で、返り血に塗れて立っていた。
「こいつは、もう先生を傷つけない……」
その呟きは、誰にも向けられていなかった。
◇◆◇
ウィリアムは基地の一室で、血を浴びたシオンと並んでいた。目の前には賢者がいる。現場に遅れて駆けつけた彼が、話を聞かせてもらおう、と、狭い部屋にシオンを連れていったのだ。ウィリアムはそれに、意地でもついていった。いくら拒まれても、放っておくことはできなかったのだ。
「君は、自分が何をしたかわかっているんだね?」
厳しい顔で、賢者がシオンに問う。
「はい」
問われた方は、いつも通りの定まった視線を相手に向ける。
「誰の命もひとつの命だ。どんな理由があろうと、一方的に奪ってはいけない。その命を守るために、私は討伐隊を創設したんだ」
少し前にウィリアムと話したときと違って、賢者の態度は厳格だった。その瞳の裏には、一度世界を救った貫禄が据わっている。
「君が討伐隊の一員である以上、今回の残虐な行為を見過ごすわけにはいかない。しばらく戦いに出るな。その剣が何のためにあるか、頭を冷やして考えるんだ」
シオンがしたことを考えれば、当然の処置かもしれない。けれど、ウィリアムの喉からは勝手に反論が出ていく。
「そんな言い方ないだろ! シオンは――」
「わかりました」
思わず一歩踏み込んだが、シオンに手で制された。思わず歯噛みする。二人の間に流れる、暗黙の秩序を憎まずにはいられない。
だって、彼はなんのために戦っていた?
(シオンはこの人のために、罪を犯して命まで懸けたのに)
賢者はそれを忘れている。かつて二人にあったであろう繋がりを、全て失っている。そんな事実を、ひとは受け入れられるものだろうか。シオンの表情は変わらない。けれど、長い前髪がそのかんばせに影を落としているように見えた。
「なあ、シオン……」
大丈夫か。大丈夫なのか。ウィリアムが繰り返す問いに、シオンはこう返した。
「何がだ?」
ウィリアムは次の返答に詰まった。本当の意味で、シオンは賢者を失っている。その事実を目の前で突きつけられて、傷つかないはずがない。――喉に蓋がされているかのように、声が出なかった。そんな残酷なことを、改めて言葉にしていいのか。
「俺はあくまで、あの人の言う通りに動く。それだけだ」
ウィリアムはいてもたってもいられなくなった。何かとんでもない一撃を加えて、この場を突き崩したくてたまらなくなった。けれど、冷たく言い切った賢者の声を、ウィリアムを遮ったシオンの圧を思い出すと、何も言えなくなった。結局、その衝動は叶えられることがないまま、二人は別れたのだった。
ジェシカが愕然としたのも無理はない。そこには地獄のような光景が広がっていた。――想像とは違う景色だった。それでも、恐ろしい状況には変わりがなかった。
死屍累々。そこらじゅうに死体が転がっている。それら全てが、盗賊団の亡骸であった。さっきまで叫んでいたユンは、動かずに立ち尽くしていた。動いている人間はただ一人――銀髪金眼の少年。彼が剣を振り下ろすのを、ユンはただ呆然と見ていた。
「ユン! 大丈夫なの?」
「ボクは」
言葉は返ってきたが、その視線が固められたように動かない。最低限に絞られた返事は乾いていた。つまり、この死体の山を築いたのはシオンであり、ユンはそれを止められなかったのだ。今でも、彼女の見る先で無残な行為が行われていた。
一目で長とわかる大男の屍が、斬られ続けている。彼の手によって。
「シオン!? 何をして――」
普段の華麗な剣捌きなど見る影もなく、彼はただ乱暴に刃を振りかざし、男を何度も殺している。ズタズタに切り裂かれた男の姿は原形をとどめていない。ウィリアムは思わず、少年の身体に飛びついた。
「やめろ、そいつはもう死んでるんだぞ!」
「死んで、る……?」
その事実に、言われて初めて気が付いたようだ。焦点の合わない目で、物言わぬ屍を見下ろす。
「よかった……これで……先生は」
そのときのシオンはどう見ても異常だった。心ここにあらずといった様子で、返り血に塗れて立っていた。
「こいつは、もう先生を傷つけない……」
その呟きは、誰にも向けられていなかった。
◇◆◇
ウィリアムは基地の一室で、血を浴びたシオンと並んでいた。目の前には賢者がいる。現場に遅れて駆けつけた彼が、話を聞かせてもらおう、と、狭い部屋にシオンを連れていったのだ。ウィリアムはそれに、意地でもついていった。いくら拒まれても、放っておくことはできなかったのだ。
「君は、自分が何をしたかわかっているんだね?」
厳しい顔で、賢者がシオンに問う。
「はい」
問われた方は、いつも通りの定まった視線を相手に向ける。
「誰の命もひとつの命だ。どんな理由があろうと、一方的に奪ってはいけない。その命を守るために、私は討伐隊を創設したんだ」
少し前にウィリアムと話したときと違って、賢者の態度は厳格だった。その瞳の裏には、一度世界を救った貫禄が据わっている。
「君が討伐隊の一員である以上、今回の残虐な行為を見過ごすわけにはいかない。しばらく戦いに出るな。その剣が何のためにあるか、頭を冷やして考えるんだ」
シオンがしたことを考えれば、当然の処置かもしれない。けれど、ウィリアムの喉からは勝手に反論が出ていく。
「そんな言い方ないだろ! シオンは――」
「わかりました」
思わず一歩踏み込んだが、シオンに手で制された。思わず歯噛みする。二人の間に流れる、暗黙の秩序を憎まずにはいられない。
だって、彼はなんのために戦っていた?
(シオンはこの人のために、罪を犯して命まで懸けたのに)
賢者はそれを忘れている。かつて二人にあったであろう繋がりを、全て失っている。そんな事実を、ひとは受け入れられるものだろうか。シオンの表情は変わらない。けれど、長い前髪がそのかんばせに影を落としているように見えた。
「なあ、シオン……」
大丈夫か。大丈夫なのか。ウィリアムが繰り返す問いに、シオンはこう返した。
「何がだ?」
ウィリアムは次の返答に詰まった。本当の意味で、シオンは賢者を失っている。その事実を目の前で突きつけられて、傷つかないはずがない。――喉に蓋がされているかのように、声が出なかった。そんな残酷なことを、改めて言葉にしていいのか。
「俺はあくまで、あの人の言う通りに動く。それだけだ」
ウィリアムはいてもたってもいられなくなった。何かとんでもない一撃を加えて、この場を突き崩したくてたまらなくなった。けれど、冷たく言い切った賢者の声を、ウィリアムを遮ったシオンの圧を思い出すと、何も言えなくなった。結局、その衝動は叶えられることがないまま、二人は別れたのだった。