[9]二重の力

「少し、考えたいんだ」
翌朝、ウィリアムはそう仲間に告げた。静かな場所に行きたいと言って、勧められた場所が、ここだった。
陽の当たる広い野に、規則的に石碑が並んでいる。討伐隊墓地。戦いの中で命を落とした隊員を弔う場所。
 今回の大戦でも、命を落とした人々がいる。ウィリアムはジェシカに教わった通りにして、慰霊の祈りを捧げた。仲間がここを紹介したのは、ウィリアムに死者の弔い方を知ってもらいたかったのだろうか。

確かに、物音や余計な人の声はしない。不気味な静寂に、ひとりきり。ウィリアムはいつもここを去ることができるが、ここに眠る者たちにはそれができない。
(なんのために、あんなことを……)
 魔物を生み出して、人を傷つけ、命を奪う。ウィリアムは唇を噛んだ。自分には守れなかったものが、ここには溢れている。
 魔王の力と自分のチカラが同一だということは、まだ実感がなかった。どういう経緯で、鍵とチカラを手に入れたのか。その記憶を取り戻せば、何かが変わるだろうか。
(自覚がなければ、魔力は使えない)
 どれだけ強力な武器でも、自分がそれを持っていると知らなければ使うことはできない。今のウィリアムにとって、あの爆発的なチカラは、まだ握ったばかりの諸刃の剣なのだ。
(そもそもなんでオレは、魔王の力なんてものを持ってるんだ?)
 その問いに辿り着いたとき、小さな足音が近づいてきた。誰かが死を悼みに来るのだろうか。だとしたら自分は場違いだ。もう少し考えていたかったが、それは後でもできることだろう。

 基地に戻ろうとしたとき、金髪に金眼の少年が、すれ違いざまにウィリアムを見た。年下の、知らない顔だ。
 ――きみが、あの。
 唇がそう動いた、ように、見えた。その眼差しはまるで自分を求めているようで、目が合った一瞬はひどく長かった。

◇◆◇


 三番隊の会議室。昼食を終えていつもの部屋に戻ると、仲間たちは分厚い本をめくっていた。どうやら、三人で何かを調べていたらしい。椅子に座ると、ジェシカがはきはきとした声で解説してくれた。
「前に、古代魔術の勉強をしていたときに見たのだけれど、昔の文献に『スナッチ』と呼ばれる異能力のことが書いてあったの」
 スナッチ――聞きなれない単語だ。首をかしげると、ジェシカは本の文章を指差す。
「大抵は片手に宿る能力で、触れた相手の魔力を吸い取ることができる」
 そのとき、異能の手は透けて、相手の魂に触れることができるのだという。透き通った手を突き刺す。まるで、医務室でウィリアムがシオンに施したように。
「じゃあ、ウィリアムはその逆をやったってこと? スナッチの力で、あいつに魔力をあげたことになるよ」
「そうなるわね」
「そんな軽く言わないでよ」
とユンは返す。聞いたことのない能力と、覆された前提がのしかかる。

「使い方を間違えたら、一瞬で凶器になってしまう恐ろしい能力よ。だから、スナッチを持って生まれた子が恐れられ殺されたなんて言い伝えもある」
「なんで、そこまで?」
 自分の中にある第二の能力。その重さに動揺が隠せない。渇いた口から、かすれた声が漏れだしていった。
「魔力を吸い尽くせば、どんな相手でも殺せるからよ」
 ジェシカの答えを、実感したばかりだった。魔力を失えば、人は死ぬ。自分には魔王の力だけでなく、忌避される異能も備わっていた。与えられる情報はあまりに大きすぎて、ウィリアムは黙り込むことしかできなかった。
 沈黙を破ったのはユンだ。
「ねえ! それってもしかして、記憶の欠片と関係あるんじゃ? いつも左手で吸収してたじゃない」
「……本当だ」
 言われた通りだ。魔物の核となっていた記憶の欠片を、ずっと左手で受け取っていた。そうとは知らずに使っていた、己の特殊能力。
――記憶の中。過去のウィリアムは一度、スナッチの力を使っていた。透き通った手を人間の胸に突き刺した、奇遇にもその相手は過去のシオンだった。

 早まる鼓動を感じながら、テーブルに並ぶ資料を物色してみた。思い出せる限りの「かつての自分」と照らし合わせる。
 ――間違いない。シェリーはウィリアムを庇って死に、ウィリアムはシオンにスナッチで反撃した。
「まさかあのとき、オレはあいつの魔力を奪って……?」
だから幼い邂逅のとき、自分は殺されなかったのか。きっとまだ、彼があの精密な剣術を知らなかった頃なのだろう。
(待てよ)
 当時、シオンは盗賊団の一員だったはずだ。
(じゃあ、あいつと賢者様ってどういう関係なんだ?)
 盗賊と賢者との接点とが結びつかない。命を賭してまで、賢者を救いたいと思う理由も見当がつかなかった。けれど、彼がそのために倒れたのも事実。
(いったいなんで、あの人を?)

 そのとき、ノックの音が思考を遮った。
「話し中に悪いな、三番隊。知らせに来た」
 やってきたのはヒューゴだった。中身のない右袖が痛々しい。大丈夫か、という言葉にああ、と返すほどの余裕はあるようだった。
「何かあったの?」
 その傷口にあえて触れずに、ユンは核心を求めた。ヒューゴも自然に答える。
「ウィリアムが気にしてた金眼の鎖剣士。目を覚ましたらしい」
「本当か!?」
 ウィリアムは立ち上がると、いてもたってもいられず、部屋を飛び出した。
4/5ページ