[2]目覚める闇
「こっちが欲しいのは平和じゃなくて得点だよ。真実を知るための足掛かりとしてな」
心当たりのない単語が投げられ、胸の内の炎をゆらめかせる。
「真実……? お前、何言ってんだ」
流れる水のように澱みなく、さらさらと天才は語る。
「魔物のボスだった魔王は賢者が封印したが、魔物たちはいなくならない。おまけに当の賢者は行方をくらましてる」
確かに、本来ならば賢者という人物は討伐隊の指揮を執っているはずだ。それがいないから、シュバルトが代理を務めている。絶えたはずの魔物と戦うために。
「どうしてそうなったのか。その秘密は賢者が残したこの討伐隊に隠されてるはずだ。だからオレはここにいるのさ」
拡げた手を打ち鳴らすと、彼はそれきりさっさと話を打ち切ってしまう。
「ま、せいぜい頑張るんだな」
言い残し、ルビウスは姿を消した。追うこともままならない速さで一陣の風が吹いて、止んだ。
「横取りなんて、されるんだな。この討伐隊」
思い返し、空に呟く。四人の胸に影を落としていたのは、寸前で奪い去られたもの。そして、奪い取った者だ。
「もっと点を取って、上から目をかけられるしかないって思ってるんだね。……そんなの意味ないのに」
ユンが薄暗く吐き捨てる。しばしの静寂が残った空間で、やがて一点に注目が集まる。
「どうした? リン」
呼ばれた彼は小刻みに震える手で、ルビウスの去った虚空を指さしていた。
「いまの、ひと」
ウィリアムの知らないところを見据えて、リンはまるで幻を目の当たりにしたように呟く。
「ルビウスがどうかしたのかよ? あんないけすかない奴」
「むかし一緒だった大切な人と、とても似ているんだ。成長していたらちょうど、彼くらいの姿になっているはずで」
見た目も仕草も重なるけれど、でも、中身は逆みたいだと続ける。これまでとは違った気の弱さで、けれど確固たるひかりを秘めた面差しで。
「彼は――スピネルはあんな、諦めたようなことを言うひとじゃなかった」
そう言うとリンは前髪で暗い影を作り、誰が見ても無理をしているとわかるような顔で笑った。
◆◇◆
その日の夜。
「一体なんなんだよ、あの男は!」
がしゃがしゃと乱暴に夕食を飲み込むその姿は、まさにヤケ食いと呼ぶに相応しかった。あからさまな機嫌の悪さで、ウィリアムはどんとテーブルを叩く。苛立ちの火種がまた燻ってきたのだ。
「一番隊のリーダーだよ。得点目当てで、上に行くことだけを目指してるやつら。その中でも、討伐隊で一、二を争うほど強いんだ」
ユンも神妙な顔で答える。スープの器を見つめたまま、彼女は手を動かしていなかった。
「でもまさか、その目的が真実だなんて」
より多くの戦績を得て、シュバルトにより強い承認を得る。そうすることによって「隠された真実」を知ることができる。ルビウスはそう言っていた。
「せっかくみんなで頑張って戦ったのに、その結果を横取りなんておかしいだろ! そうまでして、あいつは一体何が知りたいんだ」
ウィリアムのふとした疑問に、間髪入れずユンが応える。
「討伐隊の謎、色々でしょ。例えば、魔王を封印して討伐隊を作ったはずの賢者さまの行方とか。あと、ひとりだけチームを組まずに討伐してる金眼の鎖剣士とか」
シオンのことだ。つられてウィリアムが顔を上げると、ちょうど話を継いだリンと目が合った。
「離れの開かずの間もそうだよね。不思議な魔力に満ちているのだけれど、鍵がかかっていて誰も開けられないらしいって」
「あくまで噂話だけど、色々な憶測が飛び交っているのよね」
討伐隊の謎。ウィリアムには初めて聞く話だらけだったが、それでも一つ、わかったことがある。
(これはとんでもないところに来てしまったかもしれない)
討伐隊は、ただ魔物を倒すだけの組織ではないのだろう。
夜遅く眠りについたとき、ウィリアムは思い出の夢を見た。取り戻した記憶の欠片が、映像、感覚となってウィリアムを包む。それはまたしても幼き日の思い出だった。目の前には高貴な身なりの少女。
「みんなに、たべてほしいの」
ふんわりと漂ってくるあたたかさ、そしてやわらかな小麦の匂い。蒼い瞳の少女が、目の前で微笑んでいた。
「ありがとー、おじょうさま!」
満面の笑みで受け取った、それは焼きたてのパンだった。隣では幼い娘・シェリーも、同じように笑顔を返している。
「ほら、××も、いっしょに、たべようね!」
ノイズがかかっていたそれは、呼ばれた自分の本来の名前だ。思い出の少女シェリーとかつての自分。そして「おじょうさま」と呼ばれる存在。
在りし日の光景に思いを馳せながら、ウィリアムはやがてもっと深く夢の底に落ちていった。
心当たりのない単語が投げられ、胸の内の炎をゆらめかせる。
「真実……? お前、何言ってんだ」
流れる水のように澱みなく、さらさらと天才は語る。
「魔物のボスだった魔王は賢者が封印したが、魔物たちはいなくならない。おまけに当の賢者は行方をくらましてる」
確かに、本来ならば賢者という人物は討伐隊の指揮を執っているはずだ。それがいないから、シュバルトが代理を務めている。絶えたはずの魔物と戦うために。
「どうしてそうなったのか。その秘密は賢者が残したこの討伐隊に隠されてるはずだ。だからオレはここにいるのさ」
拡げた手を打ち鳴らすと、彼はそれきりさっさと話を打ち切ってしまう。
「ま、せいぜい頑張るんだな」
言い残し、ルビウスは姿を消した。追うこともままならない速さで一陣の風が吹いて、止んだ。
「横取りなんて、されるんだな。この討伐隊」
思い返し、空に呟く。四人の胸に影を落としていたのは、寸前で奪い去られたもの。そして、奪い取った者だ。
「もっと点を取って、上から目をかけられるしかないって思ってるんだね。……そんなの意味ないのに」
ユンが薄暗く吐き捨てる。しばしの静寂が残った空間で、やがて一点に注目が集まる。
「どうした? リン」
呼ばれた彼は小刻みに震える手で、ルビウスの去った虚空を指さしていた。
「いまの、ひと」
ウィリアムの知らないところを見据えて、リンはまるで幻を目の当たりにしたように呟く。
「ルビウスがどうかしたのかよ? あんないけすかない奴」
「むかし一緒だった大切な人と、とても似ているんだ。成長していたらちょうど、彼くらいの姿になっているはずで」
見た目も仕草も重なるけれど、でも、中身は逆みたいだと続ける。これまでとは違った気の弱さで、けれど確固たるひかりを秘めた面差しで。
「彼は――スピネルはあんな、諦めたようなことを言うひとじゃなかった」
そう言うとリンは前髪で暗い影を作り、誰が見ても無理をしているとわかるような顔で笑った。
◆◇◆
その日の夜。
「一体なんなんだよ、あの男は!」
がしゃがしゃと乱暴に夕食を飲み込むその姿は、まさにヤケ食いと呼ぶに相応しかった。あからさまな機嫌の悪さで、ウィリアムはどんとテーブルを叩く。苛立ちの火種がまた燻ってきたのだ。
「一番隊のリーダーだよ。得点目当てで、上に行くことだけを目指してるやつら。その中でも、討伐隊で一、二を争うほど強いんだ」
ユンも神妙な顔で答える。スープの器を見つめたまま、彼女は手を動かしていなかった。
「でもまさか、その目的が真実だなんて」
より多くの戦績を得て、シュバルトにより強い承認を得る。そうすることによって「隠された真実」を知ることができる。ルビウスはそう言っていた。
「せっかくみんなで頑張って戦ったのに、その結果を横取りなんておかしいだろ! そうまでして、あいつは一体何が知りたいんだ」
ウィリアムのふとした疑問に、間髪入れずユンが応える。
「討伐隊の謎、色々でしょ。例えば、魔王を封印して討伐隊を作ったはずの賢者さまの行方とか。あと、ひとりだけチームを組まずに討伐してる金眼の鎖剣士とか」
シオンのことだ。つられてウィリアムが顔を上げると、ちょうど話を継いだリンと目が合った。
「離れの開かずの間もそうだよね。不思議な魔力に満ちているのだけれど、鍵がかかっていて誰も開けられないらしいって」
「あくまで噂話だけど、色々な憶測が飛び交っているのよね」
討伐隊の謎。ウィリアムには初めて聞く話だらけだったが、それでも一つ、わかったことがある。
(これはとんでもないところに来てしまったかもしれない)
討伐隊は、ただ魔物を倒すだけの組織ではないのだろう。
夜遅く眠りについたとき、ウィリアムは思い出の夢を見た。取り戻した記憶の欠片が、映像、感覚となってウィリアムを包む。それはまたしても幼き日の思い出だった。目の前には高貴な身なりの少女。
「みんなに、たべてほしいの」
ふんわりと漂ってくるあたたかさ、そしてやわらかな小麦の匂い。蒼い瞳の少女が、目の前で微笑んでいた。
「ありがとー、おじょうさま!」
満面の笑みで受け取った、それは焼きたてのパンだった。隣では幼い娘・シェリーも、同じように笑顔を返している。
「ほら、××も、いっしょに、たべようね!」
ノイズがかかっていたそれは、呼ばれた自分の本来の名前だ。思い出の少女シェリーとかつての自分。そして「おじょうさま」と呼ばれる存在。
在りし日の光景に思いを馳せながら、ウィリアムはやがてもっと深く夢の底に落ちていった。