[9]二重の力


「ちょっと待って。ユンは……賢者様の娘さん、なの?」
「そうだよ。この賢者サマとか呼ばれてる人は、ボクらをほったらかしにしていたとうさまだ」
 彼女の言葉から、父親と軋轢がある、ということだけはわかった。それだけで、ジェシカは退いた。今はそれを深追いすべきときではない。
「……それは、すまなかった」
 この謝罪は、長い間討伐隊を空けていたことだろうか。それとも、親子にしかわからない別の何かなのか。

「それで、とうさま。……ウィリアムに何の話?」
「彼が使ったチカラについてだ。場所を変えよう」
 そのまま賢者は扉へ向かった。眠ったままのシオンに、賢者の復活にすべてを注いだ少年について、何を述べることもなく。
(本当に、忘れてしまっているんだ……)
 

移動先である三番隊の会議室。日々を過ごす場所に、よく知らない男がいるのはどこか気まずい心地がした。賢者の存在が、空気にぴんと伸びた糸を張っている。そして、いつになく攻撃的なユンも。
「今まで何をしてたの?」
「それが、覚えがないんだ」
重い口調だった。何かしらの理由があって賢者が倒れていた、というのを知っているのは、きっとウィリアムだけだ。
「不覚をとって、呪いをかけられていた――と、私は考えている」
「……じゃ、そういうことにしとくよ」
 恐らく、賢者の見解は間違っていない。でなければ、シオンがわざわざオーブリの治癒術を使う必要はないからだ。呪いというものが何なのかウィリアムにはよくわかっていなかったが、論点はそこではなかった。

「それで、オレのチカラが、なんだって……いうんですか?」
 厚みのある存在感は、ウィリアムを自然と敬語にさせた。
「あんまり気を張らなくていいよ。世界を救ったとか言われてるけど、王様みたいな偉い人じゃないんだから」
 毒を吐くユンと目を逸らす賢者とを、ジェシカが心配そうに見つめている。ユンに何かを言おうとして、ノックの音に言葉を絶たれた。
「ここにいたのか、アルカディア!」
「シュウさん」
 現れたのは、賢者の不在を守っていた隊長代理・シュバルトだ。
「無事だったんだな……! 今回の襲撃、対処してくれて助かったよ。……ユンと一緒にいたんだな」
シュバルトも、ユンと賢者の関係を知っていたのだろう。それは彼が偉大な男と親しいからだ。とっかかりを得て、ジェシカは改めてユンに声をかける。
「そういえば、シュバルトさんは賢者様の旅に同行していたのよね」
「そうだよ。四人組だったんだって。だから討伐隊のチームも四人組なんだ。……あとの二人は?」
 ユンの問いに、賢者からの答えは返ってこない。そこが、二人の間にある罅なのだろう。賢者はわざと娘の視線を切り、立ったままに話題を変えた。
2/5ページ