[8]大戦

 魔物の大群との戦いが終わり、討伐隊は誰もが疲弊しきっていた。賢者が現れなければどうなっていたことか。しかし、その賢者こそが、隊員に希望をもたらしていたのは間違いない。ひとつの光を追い夜の闇を背にして、彼らは基地へ戻っていった。
 大規模な戦闘の後だ。医務室は傷を負った隊員で溢れかえっていた。医療知識のある者や治癒術師たちはせわしなく動く。リンもその一人で、いまは片腕を失ったヒューゴと向かい合っていた。
「腕がそのまま残っていたら、くっつけることはできた。ものすごく痛いだろうけれど。でも、……あれだけバラバラにされたら、治しようがない」
 ヒューゴの右腕は、槍もろとも爆発して原形をとどめていなかった。傷をふさがれた彼は、残る痛みに耐えながら言葉を強める。
「そこがおかしいんだよ。なんであいつ、おれの腕を……腕だけを壊したんだ?」
 リンが顔を上げた。ヒューゴは続ける。
「あいつの戦いは速くて正確で、とにかく強い。ましてあの距離なら、一撃で腕どころか心臓を仕留めることだってできたはずだ。でも殺さなかった」
 いまや隻腕となった彼は、不可解だという顔で零す。
「なんで、邪魔だったはずのおれを、殺さなかったんだ?」

「どうして、あのひとは今まで出てこなかったの」
 リンや医療班たちの雑務を手伝いながら、少女は淡々と声を発する。
「今まで、シュウさんに全部任せて、何をしてたの」
 光を忘れた瞳で、ユンは延々と呟いていた。ジェシカはその背を撫でているが、黒髪の少女が何を嘆いているのか、判断はついていない。
「大丈夫よ。きっと、もうすぐ来てくれるわ」
 多くの死傷者を出した今回の襲撃。賢者は傷ついた隊員たちを放ってはおかないだろう。だからユンはここで待っている。

 そんな仲間たちの様子を意に介さず、ウィリアムはあるベッドの前に佇んでいた。
 たくさんのことが、一度に起こりすぎた。魔物の大群が襲撃し、それを率いる新たな敵・ミスティスが現れた。そしてルビウスは裏切り、討伐隊から消えた。彼らを撃退したのは蘇った賢者であり、その代償は――。
 胸を抉られるようだった。医務室の端に追いやられたそこには、倒れたときのままのシオンが眠っている。相変わらず、目を覚ます気配はない。ただでさえか細かった呼吸が、さらに弱まっている気さえする。
(頼むから、目を開けてくれ)
 ウィリアムは彼をここに運んでからずっと思い返していた。シオンが「使命」と呼び続けたものは、賢者の復活で間違いない。そして彼は使命のためならなんだって犠牲にできた。
 ――弱きものは、強く価値あるもののために消費される。そうであるべきだ。
 もしも、もしもこの金眼の少年が、自身と賢者を秤にかけて、賢者を選び取ったのならば。

 そう、わかっていなかったのはウィリアムだった。賢者という男、あれだけ頼もしい光のことを。そして、罪を背負ってでも彼を蘇らせようとしたシオンの覚悟も。
 ――賢者だかなんだか知らないけど、そいつは助けに来ないんだろ!
 ――お前に……なにが解る!
 あの口論は、トラスダンジュでのこと。賢者は討伐隊を助けなかったのではない。助けられなかったのだ。そうとも知らず、ウィリアムはシオンに無遠慮な言葉を浴びせた。
 だとしたら、彼に言わなければならない言葉がある。
「せめて……謝らせてくれよ……!」
 ウィリアムの悲痛な願いを聞き入れる者は、誰一人としていなかった。

◆◆ 第八章 大戦 完 ◆◆
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