[8]大戦

 大量の魔物が討伐隊基地へと押し寄せる。噂されていた通り、否、それ以上の危機だ。開けっ放しの戸を振り返る。シオンが出てくる気配はない。言葉の続きも、彼の様子も気にかかったが、ウィリアムは討伐隊の一員。魔物を倒すのが最優先だ。後ろ髪を引かれる思いで、小屋を立ち去った。

「ウィリアム! 来てくれたんだね」
 戦地へ向かうと、その途中にリンがいた。基地を守る結界を強化しつつ、前線の隊員を補助しているようだ。知らないうちに召集がかかっていたらしい。戦闘が始まった以上、ウィリアムも困惑を引きずるわけにはいかない。幸い、リンもシオンのことは触れずにいてくれた。
「ここにいたのか! あとの二人はどこに?」
「もう少し前で、一緒に戦っているところ! 早く合流しよう、僕も行くよ!」
「わかった」
 少し前に進むと、残りの仲間はすぐ見つかった。二人とも地上に立って、ユンは四つ足の魔物を光で蹴散らし、ジェシカは正確な風の刃で空飛ぶ魔物を相手していた。天使の力を術に応用して、時折矢も放っている。
「ウィリアムにリン君も! よかった、みんな揃ったね。行くよ!」
 ユンが剣を振り回す。ウィリアムも流れに乗って、目の前の魔物に斬りかかった。背後に迫る闇の炎は、リンの障壁が遮ってくれる。ジェシカの術も手伝って、敵の数は順調に減っていった。これなら、なんとかなるかもしれない――。
 そのとき、叫び声が聞こえた。遥か後ろからだ。

「誰か来てくれ! 第六結界が突破された!」
 敵の勢いを止めきれず、遠くの結界がやられたようだ。だとしたら、倒れた者も、無防備になった者もいるはずだ。
「助けに行かなきゃ」
 方向を変えたそのとき、
「行かせると思いますか?」
 大量の魔物が現れ、まるで壁のように立ちはだかる。今まで見たことがない量の、敵。怖気づいても無理はない。
その大群の中央に、見知らぬ人物がいた。魔法陣の上に立ち、宙に浮いている。背の高い男。じっとりと舐めるような目つきは、その中身を読ませない。肩まで伸ばされた藍の髪はうねるような癖がついていて、それすらも不気味に見えた。
「初めまして、討伐隊のみなさん。三番隊でしたっけ。僕はミスティスと申します」
 悠長な自己紹介と穏やかな口調には、言い知れぬ恐ろしさがあった。いやな笑顔。自分たちが三番隊、なぜそこまで知っている?
「お前がこの魔物を送り込んだのか?」
「そうなりますね。さあ、みなさん。仲間を助けるなら、この大群を超えていきなさい」
 顔色を変えぬ男の挑発に、ウィリアムたちは乗るしかない。基地や仲間を守るため。討伐隊とはそういうものだ。
 既にこちらは押されていて、さらに実力を隠す敵が現れ、大量の魔物を連れてきた。圧倒的な形勢不利。

 胸元の鍵を、衣服越しに撫でる。確固たる魔力の鼓動を感じた。この局面を突破するためには、きっと、覚醒したウィリアムが必要なのだ。目を閉じて、心の中で扉に迫る。
(そうだ。魔物を倒せ。人は誰も傷つけないんだ……!)
 ウィリアムはその手で、鍵を回し、扉を開けた。

 ふわりと浮く感触がした。浮かんでいた。視界にはもう一人の自分がいて、赤い目と紫の目をした姿で剣を構えていた。夢から醒める感覚で、ウィリアムはチカラを引き寄せる。
 ――意識が融合していく。

 そっと目を開ける。剣を一振りすれば、一閃から光が迸り魔物を切り裂く。体中に満ちるエネルギーと、纏う気配のおぞましさがすべてを語っていた。これが、覚醒のチカラ。
 今の自分なら、この魔力を思うがままに扱える。暴走もしていない。
「ウィリアム、もしかして今、ちゃんとウィリアムなの?」
「ああ。オレは、オレのままだ。これなら大丈夫だ。行くぜ、敵を倒すんだ!」
 溢れ出る魔力が雷に変わる。電流は魔物からまた別の魔物に伝染し、一撃で大群を霧に還す。
 やっと、やっとだ。ようやくこのチカラを、正しく使うことができる。
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