[8]大戦


「僕はどうすれば、みんなの力になれるんだろう」
 基地の廊下、ウィリアムの隣でリンが呟いた。魔物が大量に襲ってくるという噂についてだ。
「オレたちはいつも通りやればいいと思う。むしろ、問題はオレのほうだ」
 扉を開けた向こうのチカラを、今度こそ完全にコントロールしなければならない。ウィリアムはその糸口を掴みかけていた。
「……この前、ちょっとだけうまくいったんだ」
 シオンと背中合わせになって、夜の魔物と戦ったとき。彼を傷つけずに、敵だけを倒すことができた。だが、とても安定して制御していたとは言い難い。その直前には、彼を殺しかけてしまった――。
 そこまで考えた時、偶然にも当の本人が通りかかった。果たしてそれは必然だった。金眼の鎖剣士は二人の前で立ち止まる。足元を冷たい予感が通り抜けた。視線がかち合う。

「シオン? いきなりどうしたんだよ」
 屋敷の二階。多くの隊員が通りかかるこの場所で、彼を見かけるのは珍しい。わざわざ出向いてきたということは何かがあるに違いない。一歩距離を詰め伸ばした手を、避けられる。
「用事があるのはお前じゃない。こっちの方だ」
 え、と驚く二人の隙をついて、袖に隠されていない方のリンの手を掴んだ。そして――あろうことか、シオンはリンを抱えたまま窓から飛び降りた。
「おい待て! リンをどうするつもりだよ!」
 当然、返事は聞こえてこない。見下ろす背中はどんどん遠くなっていく。階段を駆け下りて、ウィリアムは二人を追った。

 いったいどういう用事があって、仲間を無理やり連れだしたのか。リンもシオンも、放っておけるはずがない。
 悪いと知りつつ、廊下を走って外に出る。雨が続いたあとの、やけに乾いた空気の日だった。幸いにもまだ地面は湿っていて、薄い足跡が残っている。辿った先にあったのは、目立たない小屋だった。
「ここは、」
 聞いたことがある。討伐隊に入ったばかりの頃、三番隊で噂していた謎のひとつだ。
 ――離れの開かずの間もそうだよね。不思議な魔力に満ちているのだけれど、鍵がかかっていて誰も開けられないらしいって。

 確かに、魔力の波動を感じる。けれど、不思議というよりは、どこかしっくりする気配だった。始めて来る場所なのに、なぜ。
 足を止めて見回すと、ちょうど小屋から二人が出てきたところだった。シオンはこちらを睨みつけて、淡々と語りかける。
「……追ってきたか。なら、これ以上この部屋を隠す意味はないな。リンといったか、秘密を洩らせば命はないと思え。俺はこいつに話ができた」
 尖らせた氷のようなまなざしから、リンはその意図を読み取ったようだった。
「わかった、よ。ウィリアム、訓練室で待ってるね」
 言われるままに、小走りで去っていく治癒術師。仲間の背を見送って、ウィリアムはシオンに向き直り――その背後を見た。
 小屋の扉は見たことのない錠がついている。まだ施錠はされていない。なぜ、鍵を開けたままにしているのか。ひらめきの電流が走る。

「先にリンを逃がしたってことは、鍵をかけるところは見られたくなかったのか?」
 沈黙。否定されない。ウィリアムは片翼の鍵を掲げ、言葉で大きく切り込んだ。
「これが、小屋の鍵なのか?」
 もしそれが本当なら、ウィリアムはこの小屋に出入りできるということになる。シオンは明らかに、ここに何かを隠している。
 ――今しかない。
 ずっと知りたかった彼の使命を、目にする機会。
「だったとして――」
 言葉を探すシオンを遮り、扉の反対へ突き飛ばした。小屋の戸に手をかけ、一度だけ振り返る。

「悪いな。無理やり探す気はなかったけど、リンを巻き込んだなら話は別だ」
「待て……!」
 いくつもの足音が乱れ、戦場は廊下へと移る。奥には、ひときわ大きな扉があった。なにか力が満ちてくるのを感じていた。今を逃せば、次がないことも。
 道を阻もうとして張り巡らされた鎖をなんとか避けていく。速さでは負けても、腕力ではこちらが上だ。止まれ、と伸ばしてきた手を掴み、廊下の壁に思い切りその身体を打ち付ける。身を起こしながら咳き込むシオンを振り切って駆け出す。ちらりと掠めたためらいを振り切って、奥の扉を開けた。
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