[7]二人の運命
丸一日寝込み、ウィリアムは順調に回復していった。もう熱も眩暈もない。
ユンにはとても怒られ、ジェシカには説教された。リンはなんとかウィリアムを擁護してくれたが、その笑みは引きつっていた。もちろん、必死に謝った。ジェシカはその後手作りのパンをたくさん焼いてくれた。心配していたのか。励ましてくれているのか。どちらにせよ、暖かい気持ちをくれたのは確かだ。
それから数日、長い雨が過ぎた頃。ウィリアムは空いた食堂で鍵を見つめていた。
シオンとシェリーのことは、未だ胸を掠めているが、一応落ち着いた。吹っ切ったと言えばいいだろうか、それどころではないと言うべきか。他にも、気がかりなものがあるからだ。
冷静になってあの記憶と現状を比べると、次々と謎が出てくる。シオンの立場。曖昧になっていた彼の記憶。今は古代魔術を使うシオンが、幼い頃は単純な魔弾で攻撃してきたこと。かつてシオンから聞いた、ウィリアムの髪色を見たことはないという発言。
そして、ウィリアムの透けた左手。付け加えるとしたら、僅かにウィリアムの意思に沿ってくれた覚醒のチカラもそうだ。
「どうしてオレの言うことを聞いたんだ?」
頭の中に鍵の声はしない。鍵は問いに答えるどころか言葉の一つも与えてくれなかった。
覚醒そのものは、「扉が開く」感覚に近い。ということは、今ウィリアムが見つめている鍵は、確実に覚醒のチカラへとつながっているのだ。
通常、鍵には二つの役割がある。封じることと、解き放つこと。
「いつもは、お前はオレを止めてるのか? それとも、お前が勝手に扉を開くのか?」
この問いにも、返事はない。
では、左手は何なのか。鍵や覚醒と関係しているのだろうか。
「オレの左手は、いったい何ができるんだ?」
この質問にも、返事はない。
(あのときオレは、トラスダンジュでシオンに何をした?)
自分の身体の一部だというのに、左腕が妙に不気味に思えてくる。いったい自分は何者なのか。この左手は、どんな魔法で動いているのか。ウィリアムはため息をついた。
「……やっぱり、もっと銀の欠片を集めるよ。お前が喋らないと、もう記憶以外に手掛かりがないんだ」
左手の妙な挙動が覚醒や鍵と関係ないのなら、ウィリアムは二つの異能力を持っていることになる。よく考えたら、記憶の欠片を吸収できるのも左手だけだった。いったい、この手に何があるというのだろうか。
(このチカラが何なのか知らない、でも人を殺す可能性があるなら、せめて 自力で覚醒を止めるくらいにはならないといけない)
危機的状況のとき。それと恐らく、感情が大きく揺れ動いたとき。心の鍵は持ち主の手をすり抜け、奥の扉を開く。そこにあるのは、決して殺意ではない。けれど。
覚醒のチカラが暴走して、リンやシオンを傷つけた――それは事実だ。ウィリアムは、あの暴力的衝動を飼い慣らさなければならない。
「何に話しかけてるんだ?」
急に後ろから覗かれ、ウィリアムは飛び上がった。上着の下に鍵を隠しつつ、声をかけてきたルビウスに応答する。
「お守りみたいなものさ」
嘘だった。話しかけてくる鍵など、ありふれたものではない。この鍵は、自分のチカラか記憶、どちらかにきっと関係している。
「お守り、ねえ。戦場じゃ祈りは通じないぜ?」
「祈りじゃなくて誓いだよ」
「なるほど……大事なもんなんだな、その鍵」
「ああ。だからこうやって、悩み事をときどき聞いてもらってるんだ」
変だよな、と笑って誤魔化すと、意外とロマンチストなんだな、というよくわからない返事が飛んできた。急に顔が熱くなる。なんだそれ。恥ずかしい奴だとでも思われただろうか。
「と、とにかく! 魔物の大群なんてオレたちの敵じゃないよな!」
さっさと話をまとめると、ウィリアムは席を立って食堂を後にした。
ウィリアムが去り、一人きりになったルビウスは、ひそやかに息だけで呟いた。
「ようやく、ひとつ見つかった」
天才はゆらりと笑む。狙うべきものは分かった。廊下ですれ違う面々は、誰もが魔物たちによる大量襲撃の噂で盛り上がっている。――大戦の日は、近い。
◆◆第七章 二人の運命 完◆◆