[2]目覚める闇
ぱく。もぐ。ぱくぱく。もぐもぐ。
「ウィリアム、食べ過ぎじゃない……?」
朝食の席で、おののきながらリンが問う。ウィリアムはひたすら食べに食べていた。止まらなくなったのだ。一口食べては感動し、を恐ろしい速さで繰り返している。既に二人分の料理を平らげているが、彼が止まる気配はない。
「おいしいのはいいけれど、よく噛んで食べるのよ」
指摘するジェシカはというと、作法をきっちりと守っていて、礼儀はその容姿に映えていた。まるで彼女だけ貴族のティータイムだ。
「まあ、お腹減ってたんだね」
ユンはそう言いきって、網目の入ったパンを頬張る。そこでやっと、ウィリアムは話す気になったらしい。
「初めてこんなに食べたよ。にしても、すげえな、この基地って」
討伐隊員には、一組に三つの部屋が割り当てられている。うち二つは隊員が宿泊する部屋、残りの一つは、会議などに使うであろう集会部屋だ。
「一体どうやって、こんだけでかい屋敷を建てたんだか」
「聞いたことがあるわ。この討伐隊は、もともと賢者様が個人的に作った組織で、これらの設備はすべて彼の財産で建てられた、と」
「シュバルトさんじゃあなくて、か?」
「そうだよ。シュウさんは代理」
なんてことないようにユンは言う。賢者様――ウィリアムたちが生まれる前に、この世に災厄を降らせた魔王を封印したとされる男。だが、その姿はウィリアムの脳裏に像を結ばない。賢者と呼ばれる男の外見と所業は有名でも、その現在を知る者はいない。
「本当に、何してるんだろう」
ユンの浮かない一言が、沈黙に落ちた。そのむなしい波紋をかき消そうと、彼女は思いついたように顔を上げた。ピンクのリボンが揺れる。
「それで、ウィリアム。他に記憶の手がかりってないの?」
「ああ、よくわからない。ただ、」
持ち上げた胸元の鍵は、光を反射してきらきらと光る。片翼の装飾が施された、金色の鍵。
「こいつが、たぶん重要なんだ。これがあったから、オレはここまで来れた」
「それをどこで手に入れたのかは、覚えてないかな」
「ああ。でも、いいんだ。魔物を倒せばきっと記憶が戻る。だから、きっとわかるさ」
ウィリアムの言葉に答えるように、鐘が鳴る。討伐の合図。彼らの役目が始まる。
◆◇◆
四人がチームを組んでから数日、彼らは「三番隊」と呼ばれることになった。その日の討伐も基地の近隣で行われ、気合の入った一行は積極的に魔物を探し歩いていた。本日は既に、記憶の欠片をひとつ回収している。調子のいいウィリアムは、どこか感覚も鋭くなってきていた。
(来る!)
存在を感じた次の瞬間には、身体が勝手に動いていた。飛び退いた後の空間を、新たな魔物の刃が切り裂いた。大きな獣のかたちをした、赤紫の脅威。赤い眼は、こちらを睨みつけている。
次の瞬間、魔物は地を駆け、牙を剥いてウィリアムへ突き進む!
思わず剣で身を守る、しかし、衝撃は一向に訪れない。敵は魔力の障壁に阻まれている。リンが両手でその壁を支えていた。右袖の紋章が光っている。
魔物は、壁を押し崩そうと波立つ魔力を際立たせる。小刻みに震えるリンの両腕は、限界が近いことを示していた。
「今のうちに、早く!」
三人は、それぞれに再び力を込める。ウィリアムもまた、己の力を練っていた。これを乗り切れば。これが一度に決まれば――。
――そのとき、その一瞬に、何かが横切った。目にもとまらぬ速さ。ウィリアムには、辛うじて、それが人間だと理解できた。
身体を一直線に貫かれた魔物の輪郭は崩れ、やがて脅威は黒い霧に還った。核が地面に落ちるのと同時に、彼は着地して、四人を振り返る。
「お前らが、例の新チーム?」
束ねられた深紅の長い髪が、ゆらり、流れた。
「大したことねえんだな」
呆気にとられた四人をよそに、突然現れた男は魔物の核を拾い上げる。
「とりあえず、こいつは貰っていくぜ」
と踵を返したところで、ウィリアムは我に返った。
「ちょっと待て! あれはオレたちの獲物だ」
叫ぶと、彼は切れ長の目を尖らせた。
核を奪われるということは、そのまま功績を奪われるということだ。男の瞳、あやしく輝く橙色が貫くようにこちらを見やる。
「でも、倒したのは俺だ。そうだろ、二色頭の新人さん?」
唇の端をつりあげた笑い。毅然とした語り口。ウィリアムは、言葉を返せなかった。力及ばなかったという事実が、彼を黙らせていた。拳を握りしめる。ユンが一歩前に出て、昏い目で彼を見やる。
「キミ、ルビウス……だよね? 一番隊――討伐隊最高の点取り屋のトップで天才って言われてる、あの」
「よく知ってるじゃないか」
男――ルビウスはわざとらしくゆるりと笑う。
「お前、一人で戦ってるのか。仲間はどうしたんだよ」
ルビウスの仕草に、ウィリアムの苛立ちがまた燻る。拳が震える。
「オレたちは単独行動でね。そっちの方が効率がいいんだ。仕方ないだろ」
流すように視線を向けられ、まるで当然とでも言いたげな一言に。燻りは火となり、爆発する勢いのまま、ウィリアムは剣を振りかざし――ジェシカに制された。少女は水面に波紋ひとつ立てない様子で尋ねる。
「あなた、人の邪魔をしてまで点を稼いで、一体何がしたいの?」
「ウィリアム、食べ過ぎじゃない……?」
朝食の席で、おののきながらリンが問う。ウィリアムはひたすら食べに食べていた。止まらなくなったのだ。一口食べては感動し、を恐ろしい速さで繰り返している。既に二人分の料理を平らげているが、彼が止まる気配はない。
「おいしいのはいいけれど、よく噛んで食べるのよ」
指摘するジェシカはというと、作法をきっちりと守っていて、礼儀はその容姿に映えていた。まるで彼女だけ貴族のティータイムだ。
「まあ、お腹減ってたんだね」
ユンはそう言いきって、網目の入ったパンを頬張る。そこでやっと、ウィリアムは話す気になったらしい。
「初めてこんなに食べたよ。にしても、すげえな、この基地って」
討伐隊員には、一組に三つの部屋が割り当てられている。うち二つは隊員が宿泊する部屋、残りの一つは、会議などに使うであろう集会部屋だ。
「一体どうやって、こんだけでかい屋敷を建てたんだか」
「聞いたことがあるわ。この討伐隊は、もともと賢者様が個人的に作った組織で、これらの設備はすべて彼の財産で建てられた、と」
「シュバルトさんじゃあなくて、か?」
「そうだよ。シュウさんは代理」
なんてことないようにユンは言う。賢者様――ウィリアムたちが生まれる前に、この世に災厄を降らせた魔王を封印したとされる男。だが、その姿はウィリアムの脳裏に像を結ばない。賢者と呼ばれる男の外見と所業は有名でも、その現在を知る者はいない。
「本当に、何してるんだろう」
ユンの浮かない一言が、沈黙に落ちた。そのむなしい波紋をかき消そうと、彼女は思いついたように顔を上げた。ピンクのリボンが揺れる。
「それで、ウィリアム。他に記憶の手がかりってないの?」
「ああ、よくわからない。ただ、」
持ち上げた胸元の鍵は、光を反射してきらきらと光る。片翼の装飾が施された、金色の鍵。
「こいつが、たぶん重要なんだ。これがあったから、オレはここまで来れた」
「それをどこで手に入れたのかは、覚えてないかな」
「ああ。でも、いいんだ。魔物を倒せばきっと記憶が戻る。だから、きっとわかるさ」
ウィリアムの言葉に答えるように、鐘が鳴る。討伐の合図。彼らの役目が始まる。
◆◇◆
四人がチームを組んでから数日、彼らは「三番隊」と呼ばれることになった。その日の討伐も基地の近隣で行われ、気合の入った一行は積極的に魔物を探し歩いていた。本日は既に、記憶の欠片をひとつ回収している。調子のいいウィリアムは、どこか感覚も鋭くなってきていた。
(来る!)
存在を感じた次の瞬間には、身体が勝手に動いていた。飛び退いた後の空間を、新たな魔物の刃が切り裂いた。大きな獣のかたちをした、赤紫の脅威。赤い眼は、こちらを睨みつけている。
次の瞬間、魔物は地を駆け、牙を剥いてウィリアムへ突き進む!
思わず剣で身を守る、しかし、衝撃は一向に訪れない。敵は魔力の障壁に阻まれている。リンが両手でその壁を支えていた。右袖の紋章が光っている。
魔物は、壁を押し崩そうと波立つ魔力を際立たせる。小刻みに震えるリンの両腕は、限界が近いことを示していた。
「今のうちに、早く!」
三人は、それぞれに再び力を込める。ウィリアムもまた、己の力を練っていた。これを乗り切れば。これが一度に決まれば――。
――そのとき、その一瞬に、何かが横切った。目にもとまらぬ速さ。ウィリアムには、辛うじて、それが人間だと理解できた。
身体を一直線に貫かれた魔物の輪郭は崩れ、やがて脅威は黒い霧に還った。核が地面に落ちるのと同時に、彼は着地して、四人を振り返る。
「お前らが、例の新チーム?」
束ねられた深紅の長い髪が、ゆらり、流れた。
「大したことねえんだな」
呆気にとられた四人をよそに、突然現れた男は魔物の核を拾い上げる。
「とりあえず、こいつは貰っていくぜ」
と踵を返したところで、ウィリアムは我に返った。
「ちょっと待て! あれはオレたちの獲物だ」
叫ぶと、彼は切れ長の目を尖らせた。
核を奪われるということは、そのまま功績を奪われるということだ。男の瞳、あやしく輝く橙色が貫くようにこちらを見やる。
「でも、倒したのは俺だ。そうだろ、二色頭の新人さん?」
唇の端をつりあげた笑い。毅然とした語り口。ウィリアムは、言葉を返せなかった。力及ばなかったという事実が、彼を黙らせていた。拳を握りしめる。ユンが一歩前に出て、昏い目で彼を見やる。
「キミ、ルビウス……だよね? 一番隊――討伐隊最高の点取り屋のトップで天才って言われてる、あの」
「よく知ってるじゃないか」
男――ルビウスはわざとらしくゆるりと笑う。
「お前、一人で戦ってるのか。仲間はどうしたんだよ」
ルビウスの仕草に、ウィリアムの苛立ちがまた燻る。拳が震える。
「オレたちは単独行動でね。そっちの方が効率がいいんだ。仕方ないだろ」
流すように視線を向けられ、まるで当然とでも言いたげな一言に。燻りは火となり、爆発する勢いのまま、ウィリアムは剣を振りかざし――ジェシカに制された。少女は水面に波紋ひとつ立てない様子で尋ねる。
「あなた、人の邪魔をしてまで点を稼いで、一体何がしたいの?」