[7]二人の運命
――長い夢を見た。
「俺の魔弾を、弾いた……」
「シェリーに手を出すな!」
ウィリアムとシオン、過去の姿の二人が対峙する。武器を構える二人。
「喧嘩はだめー!」
と、シェリーがウィリアムを突き飛ばす。シオンが呆然としていると、その場にシルヴィが駆けつけてくれた。
「どうしたの? 何が起きたの!?」
「シルヴィ! いまは危ないところなんだ、盗賊が――」
「また、パンを焼いてきたのよ。今日はたくさんあるの!」
シルヴィが笑うと、いつのまにか皆はなだらかな丘の上にいた
「わあ、ジェシカってやっぱりすごいね。ボクも食べていいの?」
「じゃあ、僕も、……いいかな?」
いつの間にかここにいたユンとリンにも、シルヴィ、否、ジェシカがパンを配っていく。
当時ではありえなかった展開。いるはずのない仲間。ウィリアムには、これが現実でも記憶でもなく、ただの脆い夢だとわかっていた
「……ほら、お前も」
ウィリアムは、先ほどから動かないシオンに手を貸す。
「俺は――」
夢の中の彼はこちらに目を合わせようとしない。動きが鈍い分、現実のシオンより人形らしく思える。
「いや、いいんだ。お前の使命とか、何を考えてるのかとか、いつか教えてくれよな」
優しく微笑むと、夢の中の幼いシオンは無気力に頷いた。そっと後ろを振り返ると、今の仲間が笑ってパンを分け合っている。
「リン、ジェシカ、ユン。いつも本当にありがとう。これからも、よろしくな」
夢の中でも仲間たちは、頼もしく頷いてくれた。
そして、ウィリアムは、美味しそうにパンを頬張る少女を見て、彼女をやわらかく抱きしめた。冷えた夜、互いに身を寄せ合って眠った幼き日が蘇る。
「シェリー、……守れなくてごめん。オレのせいだったんだな」
そのとき、視界がぐるりと反転する。起き上がると、魔弾に倒れたシェリーがいた。そこは荒れ果てた貧民街。優しい夢が、残酷な記憶へと切り替わったのだ。
「もっと、みんなが、ずっと笑って生きられる世界だったらよかったのに……」
そうして消えていった命。目の前にはシェリーを奪った少年がいる。シオンだ。
「シェリーを返せ!」
過去のウィリアムは、シオンに殴りかかった。だが、ウィリアムの左手が突然に魔力を帯びて、透き通ったと思いきや、敵の身体に突き刺さり――。
――長い夢だった。
夢の中で味わった束の間の幸福。あれはきっとウィリアムの願望なのだ。それにしては。
(なんでだろ、あいつとの距離は、そう離れてない気がする)
彼の本心を未だ引き出せずにいる。何のためかもわからずに、それでもまだ、手を伸ばして、背中を追って、何度溺れても彼を追い続けるだろう。
(ああ、そうか。夢の中でもそうだった)
気づいたのはこのときだった。彼がこの手をとってくれるまで、ウィリアムはシオンを諦められないのだと悟った。たとえ人殺しだとしても、全ての事情を知るまで憎める相手ではない。思ってみれば、盗賊団だったら誰だって、あのときシェリーを殺しただろう。そして、ウィリアムも。
(なんでオレは殺さなかったんだ。シオン……)
当事者たちも知らない何かが、あの場所で起きた。それだけは確かだ。
夢で見た記憶の最後。ウィリアムの左手が透けて、シオンの身体を貫いていた。いつも銀の欠片を取り込む、あの左手で。
左手といい、覚醒といい、自分のことを知らなさすぎる。だからこそ戦っている――わかってはいるのだ。だが、恐らくウィリアムは、他者のことを知り過ぎた。そして、自分自身がそれを望んでいる、ということにも気づいていた。
いつか魔物との戦いが終わり、記憶も取り戻したとしても、シェリーは戻ってこない。幸福な夢は幻で、現実にはならない。でも、今いる仲間と一緒に、失われた少女の願いは叶えられるかもしれない。だからこそ、昨晩はもっとシオンを理解したかった。平和な世界を目指す同胞として。だって、シェリーはウィリアムのために死んだのだ。そして、彼女の祈りは。
「オレ、強くなるから。戦うよ。『みんな』が笑う世界、作ってやる……」
起き上がりもせずに、ウィリアムは声を殺し、涙が枯れるまで泣いた。