[7]二人の運命

 シェリーの死は、シオンがもたらしたものだった。ウィリアムの心をかき乱す、ひとつでふたつの真実。左手で顔を覆う。曇天の下、彼はようやくかすれた声で言った。
「見つかったよ。シェリーは、オレを庇って……助からなかった」
 力なく、地に落ちた鳥のようにウィリアムは記憶の糸を編んだ。仲間たちは沈痛な面持ちで彼を見つめる。
「でも、それで終わりじゃない。どうしても、会いに行かなきゃならない奴がいる……」
 同じ鍵の持ち主。ずっと追いかけてきた相手――金眼の鎖剣士。彼に、問いたださなければならない。
「今日は帰ろう。……みんな、手伝ってくれてありがとな」
 仲間たちは頷き、それ以上のことを訊こうとはしなかった。

◇◆◇

 翌日。基地の奥、ある少女が朝食を待っていた。若草色の長い髪――タバサだ。敵地で囚われの身になっているにも関わらず、彼女はいつも落ち着いた様子で周囲を観察していた。
 廊下を通る隊員たちの声が聞こえる。どうしよう、任せとけ、備えなくては。様々な声色が彼女に届く。
「今日はなんだか騒がしいわ」
「噂が流れてるんだよ。近いうちに大量の魔物がここを襲う、ってな」
 便宜上捕虜として扱われている彼女のもとに、ルビウスが食事を運んできた。どうしてか、この天才は敵の少女の世話を焼いている。
「みんな、不安なのね」
「不安なんて弱い奴の思うことだ。どんな相手が来ても、倒せばいいだけじゃねえか」
「きっとあの子たちも不安よ。この討伐隊と戦うんだから」
 魔物を「あの子」と呼ぶ少女。恐らく意思疎通もできるのだろう。だからこそ、彼女は憂う。

「戦いなんて、きらいだわ」
「じゃあやめればいい」
 天才の切り返しに、タバサは目を丸くした。え、と声を漏らし、彼の瞳の奥を窺う。
「なんにも知らないフリして、どこか安全なところに籠っていれば、お前は戦いと無縁の生活を送れるだろうよ」
「それはできないわ。あの子たちが、呼んでいるから……」
 きっと次の襲撃でも、彼女は多くの悲鳴を聞くのだろう。その純粋な悲しみは、ルビウスは到底理解できない。かといって、頭ごなしに否定はしなかった。
「どんなに魔物が来ようと、俺がこの部屋を任されてる以上、おまえはこの部屋から出られない。だから、じっとして耳でも塞いでろ」
 乱暴な口調で突き放すルビウスだが、タバサはそれを気遣いと捉えたようだ。
「……ありがとう。でも……」
 少女が言いかけた言葉の先を、天才は遮った。
「わかってるさ。運命はもう、いろんなところで動き出してる。あとは例のものさえ見つければ――」

◇◆◇

「なんで……」
 本日十五回目の寝返り。
 襲撃の噂は、ウィリアムの耳には届かなかった。彼は目が覚めてから一度もベッドを出ていない。
目を閉じれば、あの光景が蘇る。倒れたシェリーと、彼女を殺したシオン。何もかもが衝撃的すぎて、起き上がることすらできなかったのだ。リンは心配してくれたが、「一人にしてくれ」と言うと、ごめん、とだけ告げて去っていった。
 目を閉じれば、シェリーとシオンの姿が交互に浮かぶ。――加害者の少年。一度見たら忘れられないうつくしさは、間違いなくシオンのものだった。しかしその彼が、ウィリアムの大切な少女の命を奪ったのだ。
(そういえば、あいつは盗賊団にいたんだった……)
 それも、愉悦に満ちた顔で殺人を語るマルクの部下として。

 命の価値は平等でない。かつてシオンはそう主張していた。ならば彼にとって、シェリーの命は無価値なのか。
(なんだ、この感じ……):
心をぐしゃぐしゃに荒らす何かが、全身に広がってもやもやしている。気が付くと天井を睨んでいた。胸の鼓動はうるさく、落ち着く気配もない。片翼の鍵を手にとり、見つめたときにようやく気付いた。
ウィリアムは、シオンの背に続いていく薄氷の上を渡っていたのだ。善人として魔物を倒す、その強さに惹かれ、友になれると勝手に期待して、追いかけた。結局、幻の道に踏み込んで、ウィリアムは冷たい水に沈んでいった。
(あいつを、仲間と呼びたかった)
彼もまた、喜びの中で人を殺めていたのだろうか。それとも、上からの指示に従った結果だったのか。
(会って、訊けば、わかるだろうか)
寝てばかりではいられないな、と寝台から出たのは、黒い雲が浮かぶ夕方のことだった。
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